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第20話

「……」 僕を見下げる、至極真剣な眼。 それまで清井がいた場所に腰を落とすと、目線を合わせる僕の頬を両手で包む。 「確かに……冷えきってるな……」 「……」 「立てるか、工藤」 僕の返事もろくに聞かず、棚村が僕の二の腕を掴んで引っ張り上げる。 「清井」 「……はい」 「工藤を保健室に連れて行くから、その間、みんなを頼んだぞ」 「……」 背中に回される太い腕。その手が僕の腰に回り、強引に引き寄せられる。 密着する身体。汗の混じった雄臭。 うんざりしながら背後にいる清井を盗み見れば、今まで見た事のない──瞼を僅かに持ち上げ、焦りにも似た表情をしていた。 「………はい」 息苦しい程の、脂汗臭。 腰をしっかりと掴む、太い指。 ゆっくりと。だけどしっかりとした足取りで、小脇に抱えた僕を棚村が誘導する。 体育館を出て渡り廊下を通り、校舎脇の出入口に辿り着く頃には、体育館から響く声やボールを床につく音などが、殆ど聞こえなくなっていた。 しん、と静まり返る廊下。 ピンと張り詰めた空気。 そこに足を踏み入れれば、足音以外なにも聞こえない。まるで時間が止まってしまったかような、妙な感覚──この世界に、先生と僕の二人だけになってしまったかのような錯覚に陥る。 「………先生」 冷たい空気の中を走る、僕の吐息。黒眼だけを動かして隣を見れば、棚村の真剣な横顔が視界に映る。 「先生」 僕の声が、届かなかったんだろうか。今度はもう少しだけ、大きな声を出す。 「……ん、どうした?」 それに気付いた先生が、突然足を止める。 間近で合う視線。 僅かに見開かれた一重の眼が、僕の心の中を射抜くように僕を見据える。 「ひとりで……歩けます」 怖ず怖ずとそう告げれば、棚村の瞼が更に持ち上がる。 密着する身体。腰を掴む手。見つめる顔。──棚村の眼が僅かに揺れた後、二度ほど大きく瞬きをする。 「………そ、そうか」 照れ笑いをしながら慌てたように顔を逸らし、僕から手を離す。 その頬が、少しだけ赤らんでいるように見えた。 「……」 棚村から視線を外し、俯く。 やっと解放されたのに。腰を掴まれた感触が残っていて、中々消えてくれない。 そう思うと、棚村と密接していた部分も、立ち上がって支えた時に掴まれた二の腕も、まだ感覚が残っている。 カツン、カツン…… 薄暗い廊下の向こうまで響く、足音。 並んで歩き出した後も、何となく感じる視線。 「……」 遠慮がちに何かを話し掛けてくるけど……もう、それに付き合う余裕なんてなかった。

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