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第63話
ふわりと漂う、爽やかな香り。
聞き心地の良い声。
陽だまりのような心地良さをくれる、大好きなお兄ちゃん。
でも、一度芽生えてしまった反発心は、枯れる事無く育っていったから……ろくに話なんか、聞いてなかったけど。
それでも、所々覚えてるから不思議だ。
黒板に書き出された公式を見ながら、問1を埋めていく。
こうして解いていく度に、少しだけ頭が良くなったような気さえする。……まだ、小学生レベルの問題だというのに。
「……」
そういえば……
ふと、走らせていたシャーペンの先が止まる。
『……え、補習?』
思い出されたのは、清井の台詞。
ホームルームが終わり、一緒に帰ろうと誘われて断った時だった。
『どんな補習なの?』
『……へぇ。受けてみたいな、僕も』
僕の話を聞いていた清井が、興味深そうに笑顔を浮かべる。
『実は、あの事件があって……暫く学校に行けてなかったから』
──僕だけじゃ、なかった。
樫井秀孝の最初の犠牲者である清井は、もっと酷かったのかもしれない。
アパートのみならず、学校にまで押しかけインタビューを求めるメディアやジャーナリスト達。
連日報道され、まるで僕が悪いことをしているみたいな扱いを受ける日々。
もしかしたら、清井も──
「……どうした」
真後ろからする先生の声に驚き、肩が跳ね上がる。
「何処か、解らない所でもあったか?」
背後から近付く気配。生温かな空気。机に影が掛かり、机の左上に先生の手が置かれる。
「……」
僕の肩口に迫る、先生の顔。そこから視線を感じ、落ち着かない。
「あの、……補習のことなんですけど」
声が、震える。
「清井くんも、受けてみたいって……言ってて」
「……ああ。その事なら、清井から話は聞いてる」
先生の返答に、息を僅かに吐く。
「しかし──清井の成績をみる限り、その必要はないだろう」
「……で、でも。清井くんも、僕みたいに授業を受けられなかった時期があったみたいで──」
──バンッ
机を叩く大きな音に、ビクンと心臓が跳ねる。
「君は、私を何だと思ってる」
「……」
「教師はみんな、善意の塊でできた操り人形だとでも思っているのか?」
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