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第64話

「飛び抜けて一番成績の悪い君が、その無能さを棚に上げて、私に他の生徒の世話をしろと?」 ピンと張り詰めた空気。 無能──こんな風に罵られるのは、いつぶりだろう。 母からはいつも、汚らわしいものでもみるかのような目で見られ、アゲハの名を口に出そうものなら、直ぐに平手打ちが飛んだ。 「……」 まさか、先生から暴力を受けるなんて事はないだろうけど。この緊迫した空気に、息がまともにできない。 「……まぁ、いいだろう。 他の教科担任に聞いてみて、必要なら補習も視野に考えてみるとしよう」 机からスッと消える手。 気配と共に、先生の息遣いが離れていく。 「……」 ホッとしたのも束の間。僕の左肩に、先生の手が重くのし掛かった。 『ごめんなさい』 キーン…… 突然響く、脳天を突き抜けるような酷い耳鳴り。 思わず指先を当て、食い込ませる程に力を籠めたこめかみの奥に、幼子の声が反響する。 『……ごめんなさい』 直ぐ傍で聞こえ、振り返れば……泣き腫らした顔を晒しながら染矢先生の足元に縋り付く──幼い僕。 ……え…… それは──すっぱいおにぎりを、アゲハにねだった、あの…… 『ゆるして……ゆるして、くださ……』 その場に跪き、先生の腰元に手を掛けたまま、足の間に顔を埋める。 その行為は……まるで…… 「どうした」 先生の低い声に、ハッと我に返る。 その刹那──先生に縋り付いていた幼子が、煙の如く消える。 「……」 瞬きするのも忘れ、ゆっくりと視線を上げれば、怪訝そうな目付きをした先生が僕を見下ろしていた。 「……すみ、ません」 あの子の台詞に引っ張られるようにして、謝罪の言葉を吐き出す。と、口の片端を吊り上げた先生が僕から手を離す。 「その話ならもう終わった。次の問2について、解りやすく解説してやろうじゃないか」 「……」 先程とは違う、優しい声。 目を伏せ、瞬きをしながら机上のプリントへと視線を戻す。 「まず、これはだな……」 机の左上に先生の手が置かれ、屈んだ先生の顔が、再び僕の肩口に寄せられた。 「……」

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