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第72話
『清井の成績をみる限り、その必要はないだろう』──染矢先生の声が脳裏を過る。
清井は本当に、成績が良かったんだ……
陽だまりのように温かな場所。ゆったりと流れる穏やかな時間。
問診を終えた後に行われていた勉強会は、きっと和やかな雰囲気を纏っていたんだろう。僕の補習とは違っていて。
なのに……なんで?
何で清井は、染矢先生の補習を受けたいだなんて言ったの?
何で嘘をついたの?
なんで、僕と勉強会をしようだなんて──
「もし解らない所があったら、何でも聞いて」
清井の声に、ハッとする。
視線を上げれば、屈託のないふたつの瞳が僕に向けられていて、自分の浅はかさに罪悪感が募る。
「……うん」
まただ。
また僕は、清井を一方的に疑おうとしてる。
被害を受けて、まともに登校できていなかったのだから、自信がないのは当然だ。ましてや芸能活動もしているんだから、補習を受けたいと思うのも無理はない。
……また僕の、考えすぎだ。
苦々しい気持ちを押し込めるように、ストレートティーを一口飲み下した。
筆箱からシャーペンを取り出し、貰ったプリントに目を通していると、清井が鞄から参考書と筆記用具を取り出す。
テーブルの真ん中辺りに置かれたのは、見覚えのある──黒い筆箱。
「ん、どうかした?」
じっと見ていたのに気付いたらしい。不思議そうな声で清井が尋ねる。
「……それ、清井の?」
確か教室で見掛けたのは、空の色ににた青い筆箱だった筈……
「うん、そうだけど……なに?」
「……」
清井の軽い返答を受け、戸惑う。
空き教室に置かれていたものと同じだったと言っても、清井には全く関係のない事だろうから。
「……え、言いかけて止めないでよ。気になるからさ」
微笑みながら追求する清井に圧され、瞬きしながら目を伏せる。
「いつも補習で使ってる空き教室に、それと同じ筆箱が窓辺に置いてあったから……」
ぼそりと答えながら清井の様子を窺えば、浮かべていた笑顔に陰りが見えた。
本当にどうでもいい話だったから、呆れたのかもしれない。
「……そっか」
答えながら、左右に揺らした瞳が伏せられる。
上がっていた口角が下がり、何処か思い詰めたような表情に変わる。
「実は……前に、体育の着替えで使ってる空き教室にも、これと同じものが置いてあったんだよ」
「……え」
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