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第73話

「みんなは気にも留めてなかったみたいだけど。ただの忘れ物にしては不自然でさ」 「……不自然って?」 「その空き教室、男子の着替え以外では使われないんだよ」 「……」 僕が補習を受けているのは、教室棟の隣にある棟の空き教室。 着替えで使っているのは、教室のすぐ隣にある空き教室。 それぞれ違う場所なのに、同じ筆箱が忘れ物のように置かれていたなんて。偶然にしては……確かにおかしい。 ふと脳裏を過ったのは、染矢先生。 補習が終わった後、黒い筆箱のある窓辺に向かっていったのをドア越しに足音を聞きながら感じていた。 でも、染矢先生のものだとしたら、何であんな所に── 「そういえば、工藤が見学するようになってから……あの不審な筆箱は見掛けてないかも」 記憶を辿っているんだろう。顎先にてをやり、視線を泳がせながら何処か遠くに焦点を合わせた清井がぼそりと呟く。 「棚村先生、か……?」 清井の口から、思ってもみなかった人物の名前が零れる。じっと見つめていれば、それに気付いた清井が視線を僕に向けた。 「筆箱が置いてあったのは、後ろのロッカーの窓際だ。あそこなら、恐らく教室全体を盗撮できる筈」 「……え」 盗撮── 不穏な台詞に、サッと血の気が引く。 着ているものを剥ぎ取られるような恐怖と、多くの目に晒される羞恥が同時に襲う。 着替えの時、僕はいつも後ろの窓際にある席を利用していた。 その映像を、棚村先生が見ていたとしたら── はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…… 耳元に残る荒い息遣い。不快な吐息。 張り付くように身体を密着され、首筋に顔を埋められ、執拗に匂いを嗅がれた時の感覚が蘇り、ゾクゾクと寒気が走る。 「……」 確証がある訳じゃない。 でも、もし棚村先生が犯人だとしたら……全てのピースが綺麗に当て嵌まってしまう。 「ごめん。憶測であれこれ言うのは良くないよね」 「……」 「でも、保健室の前であんな場面を見ちゃったら……つい」 申し訳なさそうに笑顔を取り繕った清井が、言い訳じみた事を述べる。 余程僕が、青い顔をしていたんだろう。 この重くなってしまった空気をどうしたらいいか解らず、口を噤んだままでいれば、柔く目を細めた清井が再び口を開く。 「工藤の体操着の事もあるし。気になるから調べてみるよ」

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