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第77話

一体、どんな感情なんだろう。 少し前まで見えていた清井の心が、今は霞んで見える。それでも、目に見えて否定されないだけマシなのかもしれない。 ホッとしながらも、不安な気持ちは完全に拭えなくて。清井に見つめられたまま、手の体温でぬるくなってしまったクラブサンドをそっと口に含む。 * 清井と別れ、帰路につく。 午後の柔らかな日差しが眩しい程に街中を照らし、例外なく僕をも包み込む。 いつもと変わらない日常。変わらない喧騒。行き交う人々と同じ世界の層で生きている感覚が、今日は少しだけ強く感じる。 『今度から、どうしようか』 クラブサンドを乗せていた皿が空になった頃、清井がぽつりと零す。 『……』 当初の目当てだった図書館が暫く臨時休館となると、他に思い付く所がない。 もし僕が今も一人暮らしをしていたら、何の迷いもなくアパートの部屋に上げていたのに。 『この辺りで格安のフリースペースとかあるといいんだけど。……何処かいいところ、知らない?』 『……』 『よね。じゃあ……来週までの宿題』 唐突に告げられた、清井からの宿題。 清井はネットで調べたり、事務所関係の人にいい場所がないか聞いてみるって言ってた。 僕はそういうのに疎いから、フリースペースの相場がよく解らないけど。幾ら格安だからといっても、毎週となると…… 「……」 アゲハに、相談してみようかな。 清井とは雑誌の対談で会ってる仲だし、僕と同じ学校だっていうのも知ってるみたいだから。多分……嫌な顔はしない筈。 それに、友達を家に連れてくるなんて普通のことだよね。 アゲハだって、実家にいた頃は何人か引き連れていたんだから。 そう思い直すと、少しだけ自分の判断に自信が湧いてくる。 『……そのピアス、見てみたいな』 僕が弄ばれていると勘違いした後、爽やかな笑顔を浮かべ、そう口にしてくれた清井。 その場の空気を読んで言ったとは思えない声で、純粋に僕の恋路に興味があるみたいだった。 もし、うちに清井が来たら──想像して心が軽くなる。 恋人の話をしただけで、こんなにふわふわとした気持ちになるなんて思わなかった。 前の学校で、女子達が燥ぎながら好きな男子の話題で盛り上がっているのを冷ややかな目で見た事がある。 あの頃は、何がそんなに楽しいのか全然解らなかった。 でも、今なら…… 「……」 雲ひとつない青空を見上げれば、眩しい程に青くて。 この世の全てが、僕という存在を何の抵抗もなく受け入れてくれているような気がした。

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