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第82話

清井──そうだ。 清井は僕を、棚村先生に襲われそうになった僕を庇ってくれた。 立場なんて顧みず。身を呈してまで。 アゲハだってそう。 僕を拒絶した訳じゃない。 僕を犯した竜一を捕まえ、立ち向かおうとしたんだ。腕力では決して敵わない、あの竜一に。 なのに僕は──何にもできてない。 辻田を追い掛け、アゲハに何をしたんだと問いただす事すら。 傍にいない方がアゲハの為だという言い訳を盾に、ただ逃げてるだけ── 「──!」 弾かれたように席を立ち、脇に置いた鞄を拾う。 最低だと罵り、蔑んだ目を向けるあの時の僕が、僕を責め立てる。 本当に僕は、最低だ── 「……あれ」 出入口へ向かう僕に気付いた店員が、声を漏らす。と、カウンター席の女性も僕を見る。 「あの、……ありがとうございました」 足を止め、軽く頭を下げる。 緊張も相まって俯いたままでいると、視界の端に映る店員が微笑んだように見えた。 「うん。気を付けてね」 心を静かに揺らす、柔らかい声。 導かれるようにして視線を上げれば、サーバーに溜まった珈琲をカップに注ごうとしている所だった。 そういえば、珈琲淹れてくるって…… ツキンと胸が痛む。 この人は本当に、困っている人に声を掛けただけの親切な人だったんだ。 なのに僕は……なんて酷い事を思ってしまったんだろう。 「はい」 店員と真っ直ぐ目を合わせ、微笑み返す。 何処となく倫に似ていると思っていたけれど、今は全然違って見える。 細身ながら、しっかり筋肉のついた身体付き。意志の強さを秘めた柔らかい笑顔。纏う雰囲気は、頼りがいのある兄貴のよう。 ぺこりともう一度頭を下げ、喫茶店を後にした。 * 「おかえり」 玄関を上がってリビングに入ると、正座をして洗濯物を畳んでいるアゲハが声を掛ける。 「……ただいま」 いつもと変わらない光景。 それにホッと息をつくものの、モヤモヤとしたものが胸中に渦巻く。 「遅かったね」 「……うん」 「外、寒かったでしょ。お風呂用意するから、先に着替えておいで」 「……」 斜め後ろから見える、アゲハの首筋についた鬱血痕。 あんな事があったのに、何事もなかったかのように振る舞うアゲハに胸が痛む。 以前、吉岡が言ってた。 僕は直ぐに顔に出る甘ちゃんだ、って。 アゲハはずっと大人だ──僕の知らない世界で沢山の辛い経験を積み重ねてきたから、上手く隠せるんだろう。 「うん」 多分、これ以上踏み込んだらいけないんだ。 アゲハが打ち明けるまで、僕も気付かないふりをしていなくちゃ。

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