8 / 11

第8話

僕の記憶の中のアゲハは、毛先が少し長めの短髪だった── ハンサムな顔立ちは勿論、柔らかく艶やかな黒髪に華やかな雰囲気も手伝って……周囲からは『王子様』と呼ばれていて。 なのに。その王子様が、髪の手入れもしないで伸ばしっぱなしにしているのは…… ……もしかして、首筋にある傷跡を隠したいから……? 「役作りの為だよ」 「……え」 「今度、ショートドラマに出演することが決まったって……話したよね」 役作り……ドラマ…… ……そっか。 アゲハは、俳優業をしてるんだった。 「……」 脳に掛かる、黒いモヤ。 陰の部分だけが異常に冷え、僕の思考を麻痺させていく。 ……怖い。 また僕から、欠片が消えて── ふわっ、 僕の頭部を挟むようにして指先が立てられ、俯き加減の顔を上向きに直される。 鏡越しに合う視線。 その瞳が、柔く細められる。 「それで。さくらはどうしたいの?」 「……え」 「学校のはなし。どっちに行きたい?」 突然変わる話題。 気を遣ってくれたのかな。 それとも、また意識が飛んで…… 「……行きたく、ない」 左右の横髪を抓んだ指先を下に滑らせ、毛先の長さを確認するアゲハから視線を外すと、ぽそりと答える。 もし、病院内の学校と言ったら……きっとまた入院になる。 そしたら……竜一に会えなくなるかもしれない。 それに…… 通常の学校に通ったとしても、白い目で見られたり、アゲハの気を引くために近付いてくる奴らばかりだと思うから。 行かないで済むなら、このままずっと…… 「それも、いいかもね」 正面に回ったアゲハが目の前で屈み、僕の顔を覗き込むようにして見つめる。 その瞳は眩しい程にキラキラと輝いていて……もう、目が離せない。 「このままずっと、二人だけで暮らしていこうか」 * ……め ひめ…… 「──姫っ!」 呼ばれて、パッと瞼を持ち上げる。 仄暗い水の底に沈んでいたような意識がゆっくりと浮上したような……何とも言えない感覚。 「あぁ、良かったッス」 声のある方へ視線を向ければ、そこには満面の笑みを浮かべるモルの姿があった。

ともだちにシェアしよう!