17 / 24
第17話
×××
僕をソファに座らせ、ブランケットを掛けてくれたアゲハが直ぐ傍にしゃがむ。
優しげに見上げる瞳。僅かに口角を持ち上げる唇。冷静さを含んだその表情は、あんな出来事があったのを感じさせないほど落ち着き払っていた。
「……心配しないで。もう二度と、あんな思いはさないから」
僕の両手を拾って重ね、包み込むようにして握る。
離さないで──そう願ったアゲハの手先が冷え、微かに震えていた。
「そろそろ、診察を始めてもいいかな?」
パタンとドアを閉め部屋に入ってきたのは、白衣姿の精神科医。恐らく、アゲハが呼んだんだろう。
空いたソファに持っていた黒鞄を置き、取り出したカルテをテーブルの上に置く。
「……はい」
その様子を窺っていたアゲハが僕に向き直り、取り繕ったような笑顔を残しながら立ち上がる。
「……」
手の甲に残る温もり。
それが、次第に冷たい空気に奪われていく。
注射を打たれた後、手首を指で軽く押さえられ脈拍が計測される。
診察開始時に行われるこの一連に、一体なんの意味があるんだろう。両腕に残る無数の注射針の痕が……自分でも痛々しく見える。
「では、横になって」
暫く計測をしていた医師がそう言い、肘掛けにクッションが敷かれる。指示に従って身体を倒し、頭をそこに預けながら両足をそっと床から離す。
「……目を瞑って。いま君がいる場所はわかるかな?」
「ソファの上」
「そうだね。……でも、感じないかな。カモメが鳴きながら、頭上を羽ばたいているのを。このソファごと大海原に浮かんで、ゆらゆらと波に揺られているのを」
閉じた瞼にチラチラと掛かる影。
……あれが、カモメ?
ゆらゆらと揺れている感覚がし、遠くで波の音まで聞こえる気がする。
「では、今から過去に向かって旅立ってみよう。10年前というと、君は何歳かな?」
「……5歳」
「そう、5歳だ。5歳の君は、いま何処にいるのかな?」
「……」
何処……だろう。
目の前に広がるのは、真っ暗な闇ばかりが広がっている。
寒くて、狭くて……怖い。
畳んだ膝を抱え、じっと息を潜める。
「怖がらなくていいよ。……さぁ、教えて」
穏やかで落ち着いた声。天から聞こえるそれに従い、震えてしまう唇を小さく開けた。
「……おしおきの……へや」
ともだちにシェアしよう!

