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第19話
『……決して、忘れないでね』
ぱちんっ、
指を鳴らす音がし、反射的に瞼が大きく持ち上がる。
「……」
飛び込んできたのは、リビングの天井。
瞬きも忘れてぼんやり見つめていると、視界の端から精神科医の顔が現れる。
「気分は、どうかな?」
ペンライトを大きく左右に揺らし、僕の両目に光を当てた後、それを胸ポケットに仕舞いながら僕の頚動脈に四本の指を添える。
「……」
なんだろう……グラグラする。
まるで頭の中を、金属の棒で引っ掻き回されたかように気分が悪い。
いったい僕に、何をしたの……?
「あの、大丈夫……なんでしょうか?」
空いたソファに浅く腰掛けていたアゲハが、不安げな声を上げる。
「……ええ。今はまだ、頭の中の整理が追いついていないんでしょう。暫くすれば意識もはっきりしてきますし、辛い記憶も薄れていく筈です」
「……」
僕から手を離し、テーブルに置かれたカルテを拾った医師が、ペンを走らせながら淡々と答える。
「とにかく今は、傍にいて支えてあげることです」
「……」
「心配しなくても大丈夫ですよ。全て、我々にお任せ下さい」
*
「……」
どれくらい眠っていたんだろう。
気付けば、薄暗い自室のベッドで横になっていた。
厚手のカーテンが片方だけ開いていて、薄いレースカーテン越しに外灯の明かりがぼんやりと溢れる。
……もう、夜?
確か、朝ごはんを食べた後、アゲハと一緒に散歩に出掛けて……それから手を繫いで、このマンションに戻ってきて……
……それから……
母が、僕を……
ぶるっと震える身体。
掛け布団を引っ張り上げながら、横向きに寝返る。
……ナイフを、持ってた。
突き飛ばした僕を、憎らしげに睨み付けながら近付いてきて……
──パリンッ、
脳内に響く、蛍光灯でも割れるような音。
その刹那──こめかみ辺りに走る、鋭い痛み。まるで、千枚通しにでも突き刺されたかのように。
思わず目を瞑った後、そこを抑えながら静かに開ける。
と、視界が90度回転しながら暗転し、ゆっくりと起き上がる身体。痛みが引いていくと共に辺りが薄らと見え、狭い空間に息を潜めながら膝を抱えているのに気付かされる。
……ここ、は……
澱んだ空気。
カビ臭くて、埃っぽくて。
間違いない──段ボールやハンガーで吊された服が幾つもあるこの空間 は、幼少期に何度も母に閉じ込められた折檻部屋だ。
「……」
バクバクする心臓。
寒くて、怖くて……震えが止まらない。
もうすぐここに母が来る。
ナイフを持って、僕を……
僕を、殺そうと。
『……信じちゃ、だめよ』
脳内にある小さな空洞。
その風穴から、何処か懐かしい声が聞こえた。
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