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序曲 3 side奏多

「ふーん…なるほどね」 俺の渾身の演奏を、九条はさらりとその一言で片付けると。 なんだか一人で納得したような顔で頷いて、おもむろにピアノの蓋を開けた。 「じゃあ、やろうか」 「え…もう、やれんの?」 驚いて問い返せば、また不機嫌そうな顔。 「譜読みは済んだし、やれるに決まってるだろ」 今までで一番ドスの効いた低い声でそう言いながら、譜面台に譜面を立てて。 さっさと始めろと言わんばかりに、顎をしゃくる。 こいつ… 美人のくせに態度悪すぎ まじでイラッとするわ 一回も弾いたことない曲を 一回聞いただけで合わせられるわけないじゃん それが出来たら本物の天才だっての! …ダメだ… 俺、こいつと上手く合わせられる気がしねぇ… もう特待生は無理だ…… 心の中でまた溜め息を吐きながら、しぶしぶバイオリンを持ち上げた。 チラリとピアノを横目で見ると、九条の白くて細い、長い指が鍵盤の上に置かれたのが見えて。 それを合図に弓を引くと。 繊細なピアノの音が、宙を舞った。 「…すげぇ…」 こんな感覚、初めてかも… 沸き上がる高揚感に、胸がドキドキと高鳴る。 たった一度聞いただけなのに。 九条は、俺が間を取りたいところや音を響かせたいところ、強弱の付け方も完璧に把握していて。 俺のバイオリンに寄り添い、時にはリードしたりしながら、最後まで一音も外すことなく弾ききった。 それだけじゃない。 俺の音と彼の音が共鳴して、ふわふわと心が浮き立つような心地好ささえ感じて。 ずっと伴奏を引き受けてくれてる夏生とだって こんな感覚味わったことなかった 初見でこれってさ… こいつ、本物の天才かも 「ふーん…伴奏って、結構面白いね」 早鐘を打つ心臓をシャツの上からそっと右手で押さえていると、九条が楽譜を見つめながら微かに笑って。 俺の心臓は、シャツ越しにわかるくらい、大きく跳ねた。 やば… 今の顔、めちゃくちゃ綺麗… ちょっとだけ笑っただけでこんなに綺麗なら ちゃんと笑ったらどれだけ… つか、なんだこれ… なんで俺、こんなにドキドキしてんだよ…! 「もう一回やろっか。…って、なにやってんの?」 どんどん早くなる鼓動を押さえようと、シャツの上からぎゅうぎゅうと手を押し付けてると、九条が不審者を見るような眼差しを送ってくる。 「いや!なんでもっ!なんでもないっ!やろう!今すぐにっ!」 焦ってたからか、思ってたより数倍大きな声が出ちゃった俺を、ますます不審な目で見て。 「…あんた、なんか怖…」 俺にかろうじて聞こえるくらいの小さな声で、そう言った。 「怖ってなんだよ!」 「だってあんた、なんか変だもん」 「はぁ?変ってなんだ!」 「あーもう、めんどい…やるの?やらないの?」 「やるに決まってんだろ!」 「…なんで喧嘩腰なんだよ…」 「うるせー!さっさとやるぞっ!」 段々と火照ってきた頬を隠すために、くるりと背中を向けてバイオリンを持ち上げると。 背中越し、小さな溜め息が落ちた。

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