4 / 60

序曲 4 side奏多

それから試験までの3日間。 九条は時折めんどくさそうな顔をしながらも、文句一つ言わずに朝から晩まで俺に付き合ってくれた。 ピアノ専攻の試験だってあるのに。 「なんか…ごめん。ずっと俺に付き合ってくれたから、自分の練習、全然出来なかったよな…」 試験の直前になって、ピアノ専攻の試験が明後日だってことを知って。 頭を下げると、きょとんとした顔で首を傾げる。 「別に、大丈夫。ぶっちゃけ俺、成績なんてどうだっていいし。あんたの方が人生かかってるんだから、人の心配より自分の心配した方がいいよ」 なんでもないことのように、そう言われて。 『あいつ、江草教授とそういうことしてるらしいよ。ほら、教授ってαじゃん?授業の後、一人で教授の部屋入っていくの見たことあるってやつ、いたし。それだけでもう、お察しだよなー。おかしいと思ったんだよ。Ωなのにこの大学に入れただけでも変なのに、成績トップなんてありえないっしょ』 いつか、大学の食堂で隣の奴が話していた言葉が、脳裏を過った。 成績はどうでもいいって… それはやっぱ、教授と…… そこまで考えて。 俺は頭を振ってその言葉を自分の中から追い出す。 俺はΩのことはよくわからない 今まで生きてて出会ったこと、なかったし 知ってるのは、Ωはαの精子を常に求めるってことだけ だから、Ωのこいつがαの教授とそういう仲だってことも、もしかしたら本当なのかもしれない それがないと、Ωは生きていけないらしいから… でも そのことと、こいつのピアノは別だ 九条凪のピアノは本物だ 繊細さ 大胆さ 決して妥協を許さない頑固さと強靭な心 楽譜から伝わるメッセージを細やかに掴み取る感覚 それを的確に表現する技術力 その才能の全てはこいつだけのものだ それは、この3日間で嫌というほど肌で感じた だから… 「…そんなこと、言うなよ。俺、九条のピアノ、好きだよ」 変な噂なんて、俺は気にしないってことを伝えたかったんだけど、それをはっきり言うのも憚られて。 どう伝えようか悩んだ挙げ句、そう口にすると。 九条はびっくりしたように目を真ん丸にして。 それから、思いっきり変な人を見る目で俺を見た。 「なにそれ…あんた、キモ…」 「キモって!誉めてんだろ!」 「え?今の、誉めてんの?」 「誉めてるだろ!」 「いや…キモいだけだわ…」 「おい、おまえねっ…」 「あなたたち、煩いですよ」 やりあってたら、目の前のドアが開いて。 試験官である講師の先生に、ぎろりと睨まれる。 「あ…すみません…」 「次、一之宮奏多さん。どうぞ」 「あ、は、はいっ」 動揺に、焦って立ち上がったら。 隣で九条がバカにしたように小さく笑った。 「おまえっ…」 「はい、リラックスして~」 「誰のせいでっ…」 「二人とも、早く入ってください」 「…すみません…」

ともだちにシェアしよう!