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序曲 5 side奏多
なんだかんだいいつつ、試験は無事に終わり。
俺は来年も特待生としてこの大学にいられることが決まった。
そのことを九条にちゃんと報告したかったし、この結果は九条のおかげでもあるからお礼も言いたかったんだけど、なぜか連絡先を交換することを頑なに拒まれてしまったので、自分では出来ず。
インフルから復活した夏生を通じて報告すると、「おめでとう」と一言だけ返事がきた。
なんだかなぁ…
モヤモヤしてるのは、俺だけなのか…?
あの3日間で友人とまではいかなくても、そこそこ距離は縮まったと思ってたんだけど…
「なんなんだ?あの態度。今回、伴奏してくれたのは九条なんだから、コンサートだって九条と出るのが当たり前だったのに」
試験から2週間後の、成績上位者だけが出演出来るガラコンサート。
その2日目のピアノ専攻の出演者の一番最初に、九条凪の名前を見つけて。
ほっと胸を撫で下ろすと同時に、また訳のわからないモヤモヤが胸に広がった。
俺の出番は初日で
もちろん伴奏を九条に頼んだんだけど
自分の演奏に集中したいからって
あっさりと断られてしまった
「自分の演奏ってさ…成績なんてどうでもいいって言ってたんだぞ?それを今更さ…冷た過ぎねぇか?」
グランドピアノが用意されていくステージを客席で眺めながら、抑えきれない苛立ちを隣に座る夏生に小声で呟いてると。
夏生はチラリと俺を横目で見て、肩を竦める。
「…俺が九条さんに頼んじゃったから、こんなこと言うのもなんだけど…たぶん、もうおまえと関わりたくないんだと思うよ」
「なんで!?」
「おまえ、αじゃん」
そうして告げられた、簡潔な一言に。
思わず、息を飲んだ。
「αとΩって、自分の意志じゃなくてもそういうことになるって、おまえだって知ってるだろ?」
「そ…んなの、わかんないじゃん。今はちゃんとした抑制剤だってあるっていうし…」
「知らないから、そういうこと言えるんだよ。おまえ、Ωに出会ったの九条凪が初めてだろ。普通の時はまだしも、側にいる時に突然ヒートきちゃったりしたらどうすんの?抑制剤飲んでも、間に合わないことだってあるんだよ?」
「…よく知ってんね」
「そりゃあ、俺の母親Ωだからね。Ωの苦労はよく知ってる。特にうちは父親はβだから、いろいろ大変なんだよ」
「そうなんだ…」
初めて聞く夏生の家庭の事情に、どこまで突っ込んで聞いていいかわからず。
言葉を詰まらせた時、開演を知らせるブザーが鳴る。
「まぁ、だからさ」
舞台袖から現れた九条の姿に、吸い寄せられるように目を向けると。
ピアノの前に立った彼は、深くお辞儀をした後、顔を上げて。
まっすぐに、俺を見た。
視線が絡まりあった瞬間、身体が電流が流れたように震える。
「これだけ明確に拒否られてるんだから、もう関わんない方がいいと思うけどね」
夏生の言葉は、俺の上を滑っていって。
そのブラックダイヤのような美しい瞳だけが、俺の中に入ってきた。
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