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序曲 6 side奏多
「いやぁ…やっぱ、めちゃめちゃ巧いよなぁ…。リストのスペイン狂詩曲、あれだけ弾きこなせるの、マジスゴすぎ…」
会場を出ても、夏生は興奮冷めやらぬ感じで頬を紅潮させてたけど。
「…そうかな…」
俺は、ますます大きくなったモヤモヤを抱えていた。
確かに凄かった
あの難しい曲をミスなく弾きこなしてて
ピアノのことは詳しくない俺でも
他の誰よりも九条の技術力が高いことはわかる
でも…
「そうかなって、どういうこと!?おまえはバイオリンだからわかんないかもしれないけど、マジであの人スゴいから!」
「わかってるよ。今日の出場者の中で、九条が一番巧いってことは」
「だったら、なに!?」
「巧かったけど…つまんない演奏だったなってこと」
「はぁぁぁ!?」
そうなんだ
ものすごく巧い
でも、それだけ
まるでAIが弾いてるみたいだった
そこに九条自身の感情は全く感じられなかった
「えー?そうかぁ?」
「そうだよ」
「あんなもんじゃない?俺は、いつもの九条さんだと思ったけど?」
「…あいつのピアノは、あんなんじゃない」
俺と弾いてる時は
表情には表れなくても
ちゃんと九条の心がそこにあった
九条の心が
ピアノの音に乗り
音楽を美しく彩っていたんだ
九条凪の音は
あんなのとは違う
「…たかだか3日くらい近くにいただけで、ずいぶんあの人のこと、わかったような口利くじゃん」
俺の言葉に、夏生はなぜか不貞腐れたように口を尖らせて。
それから、全身の息がなくなるんじゃないかってほど、深く息を吐き出す。
「…失敗したかも…」
「なにが?」
「なんでもない。それよりさ、試験終わったんだし、バンドの練習再開するだろ?」
聞き返した俺には答えず、夏生は不自然さを隠そうともせずに話題を変えた。
その言い方に、なんとなくこれ以上九条の話をしたくないのかと感じて。
九条とは仲が良いのかと思ってたけど
そうでもないのか?
そもそも九条と夏生って友人なのか?
同じピアノ専攻の同級生だからって
九条が友人でもない奴にあっさり連絡先を交換するようには思えないけど…
「ああ…そうだな」
聞きたいことはいろいろ頭に浮かんだけど、とりあえずはそれを心の奥にしまって、頷く。
「賢吾が暇だーって叫んでたよ?」
「…あいつは、黙ってベースの練習してろ」
「それから…智也、やっぱ抜けるって」
「はぁ?」
突然知らされた事実に、思わず大きな声で叫ぶと。
夏生は仕方なさそうに、肩を落とした。
「大学の勉強に集中したいからって言ってたけど…」
「…嘘だろ」
「…うん、まぁね」
「別にいいよ。あいつが足引っ張ってたんだし」
「奏多、言い方…」
「事実だろ。おまえだって、わかってんじゃん」
「…うん…」
そのまま俯いて、小さく息を吐き出す。
「でも、新曲どうすんの?あれ、キーボードが核になる曲じゃん」
「作り直せばいい。キーボードの部分は、ギターでなんとかする」
強く言い切ると。
夏生はもう一度、溜め息を吐いた。
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