7 / 30
序曲 7 side奏多
ガラコンサートが終わると
いつもの日常が戻ってきた
日中は大学でバイオリンの練習に勤しみ
夜はバイトとバンドの練習に明け暮れる日々
時々、九条凪の姿を見かけた
校門へ向かって歩いている姿
昼休みに木陰のベンチに座ってる姿
いつ見ても彼の回りには誰もいなくて
いつも独りだった
そんな時は駆け寄って声を掛けたくなる衝動に駆られたけれど
その度に夏生の言葉が蘇ってきて
本当に二度と関わりたくないと思われているんだったら
近付いちゃいけない
何度も自分にそう言い聞かせた
だけど…
もう二度と
九条とは演奏出来ないんだろうか
あの音を
あの感動をもう二度と感じることはないんだろうか
息を飲むほどに美しい横顔を
もう近くで見ることは出来ないんだろうか…
なぜかぽっかり穴の空いたような心を感じながら
俺は遠く離れた所から
その孤独な姿をただ見つめていた
『ごめーん!今起きた!』
スマホの向こうから聞こえてきた夏生の大声に、つい溜め息が漏れた。
「賢吾も遅れるってさ。一人で練習してるから、慌てずに来いよ」
『ごめーん!急ぐ!』
ぶつり、と切れたスマホをポケットに捩じ込み。
急ぎ足だった歩みを、緩める。
俺一人なら
コーヒーでも飲みながらのんびり練習するか
辺りを見渡すと、ちょうどコーヒーショップの看板が目に入って。
そっちへ足を向けた。
昼過ぎの店内は混雑していて、空いている席は殆どない。
ざわざわと騒がしい店内を横目に、まっすぐカウンターに向かい、一番大きなサイズのアイスコーヒーをテイクアウトで注文して。
受け取って店を出ようとすると、不意に視線を感じた。
「…?」
不思議に思いつつ、店内を見渡すと。
窓際の二人席に、九条凪が座っていた。
九条は、驚いたように目を真ん丸にして、俺を見ている。
「え…?」
なんでこんなところに…?
思わず足を止めた瞬間、九条は弾かれたように立ち上がって。
俺へ向かって駆けてきた。
「もう!なんで勝手に帰ろうとするの!」
「…は?」
九条は俺の腕を掴むと、訳のわからないことを口走りながら、腕を絡めてくる。
「なんだよ!?」
「いいから!俺に合わせて!」
思わず眉を寄せると、俺を睨み付けながら小声でそう叫んだ。
その眼差しが、やたらと迫力があって。
混乱しながらも反射的に頷くと、九条は結構な力で俺を引っ張り、さっき座っていたテーブルへと連れていった。
そこにはもう一人、長い髪をひとつに束ねた、ふんわりと柔らかい雰囲気の優しげな人が座っていて。
俺を見ると、驚いたように目を見張る。
「ごめん、真白 さん。俺、彼とこの後用事があるから」
九条から、とんでもない発言が飛び出して。
びっくりして九条の顔を見ると、見たこともない爽やかな笑顔をその人に向けながら、横目で俺をじろりと睨んだ。
「凪くん…もしかして、その人お友達!?」
「うん、そう」
「よかった!お友達出来たんだね!」
『真白さん』と呼ばれた彼は、本当に嬉しそうにパッと顔を綻ばせて。
立ち上がり、俺へと頭を下げる。
「いつも凪くんがお世話になってます」
「え…あ、いや…」
「これからも、末長く仲良くしてやってくださいね」
「は、ぁ…」
「そういうの、いらないんで。じゃあ、俺ら急ぐから。またね、真白さん」
ニコニコと、人懐こそうな笑顔を向ける彼を無遠慮に遮ると、九条は俺をまた無理やり引っ張った。
「あ、失礼します」
店の出口へと引きずられながら、頭を下げると。
真白さんは、笑顔で手を振り。
「凪くん!来月、待ってるからね!」
そう、叫んだ。
ともだちにシェアしよう!