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序曲 8 side奏多
俺の腕を掴んだまま、九条は店を出て。
無言で歩き続け、角を曲がって店が見えなくなったところで、ようやく手を離した。
「…ありがと。助かった。じゃ」
素っ気なくそう言って立ち去ろうとするから。
「ちょっと待て!」
慌てて、その細い手首を掴む。
「…なに?」
「なに、じゃねぇだろ。ちょっとは説明しろよ」
強い口調で言うと、迷惑そうに顔をしかめるから。
「それ、必要ある?」
「友だちなんだろ?俺たち。友だちなら、あの人に嘘ついて逃げ出した理由くらい、聞く権利あると思うけど?」
さっきの台詞を持ち出すと、バツが悪そうに目を逸らした。
「…別に、逃げ出したわけじゃ…」
ボソリ、と小声で呟いて。
「…なにが聞きたいの」
しぶしぶ、俺へと向き直る。
「今の人、誰?」
俺は、とりあえず一番気になってたことを訊ねた。
あの言い方だと身内っぽかったけど
九条とあの真白さんて人、全然似てなかったしな…
「…そんなこと聞いて、どうすんの?」
「だって俺、あの人に末長く凪くんのことお願いしますって頼まれちゃったし。だったら、もう少しおまえのこと知っておいた方がいいんじゃない?」
自分でもめちゃくちゃなこじつけだなと思いつつ、逃げられないように手首を掴んだ指に力を籠める。
だって知りたいんだ
九条凪のこと
どんなことでもいいから知りたい
じっとその瞳を見つめると、なぜか怯えたように瞳の奥が揺れて。
逃げるように、また目を逸らされた。
「…弟」
「えっ!?」
ぼそっと告げられた言葉に、思わず大きな声が出る。
弟だと!?
どう見ても、真白さんの方がずーっと年上っぽかったけど!?
しかも『真白さん』てさ
年上に対する呼び方じゃないの!?
「え?弟?ホントに?」
俄には信じられなくて、聞き返すと。
「…正確には、義理の弟、になる予定の人」
観念したように息を吐き出し、目を伏せた。
「どういうこと?」
「…俺の、双子の弟の…その…婚約者、ってこと」
雑踏にかき消えてしまいそうな小さな声は、なぜか泣きそうな声に聞こえて。
俺は、それ以上の質問を投げ掛けられなくなる。
だって
握った手首が微かに震えているから
「…もういいだろ」
まるで涙を堪えるように、ぎゅっと唇を噛み締めて。
俺から離れていこうとした手を、さらに強く握った。
ここで手を離したら
誰も知らないところで
ひとりで泣いてしまうような気がして…
「なんだよ!いい加減にっ…」
「今日、暇?」
「は!?」
「暇だろ?暇だよな」
「暇じゃない」
「よし。じゃあ、ちょっと俺に付き合え」
「はぁぁぁ!?」
俺はさっきやられた仕返しとばかりに、九条の手を引っ張って歩き出す。
「ふざけんな!離せよ!」
「やだね。今日は1日、俺に付き合ってもらう」
「勝手に決めんな、バカ!」
本気で怒ってる姿が、新鮮で。
でも、さっきの哀しそうな顔より、そっちの方が全然良くて。
「アホ!ボケ!誘拐魔!」
「ひどいな」
罵声を浴びせられてるのに、緩みそうになる頬を隠しながら。
俺は九条を連れてスタジオへ向かった。
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