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序曲 11 side奏多

智也が途中で投げ出したキーボードパートを、九条は一度聞いただけで完璧に弾きこなした。 それどころか、気持ち良くなってついつい走りそうになる俺を、冷静に抑える余裕すら見せちゃったりして…。 「…あんたって、そういう奴だったんだね。バイオリンの時は、わかんなかったわ」 そう言って揶揄うようにニヤリと微笑んだ九条に若干ムッとしつつ、それでも演奏後の満足感は今までバンドやってきた中でも格別のもので。 やっぱりこいつとこの先もずっと演奏していたい バイオリンでもギターでもなんでもいいから そんな思いが、ますます強くなった。 「…あのさ、九条…」 突き動かされるように、口を開いたとき。 「なに、今の!スゴい良かったじゃん!キーボード、めちゃうま!」 ドアがバタンと開いて、興奮気味に大声を出した賢吾と。 「え…九条さん…?」 呆然とした顔の夏生が入ってきた。 「なんで、九条さんがいるの?」 答えを求めるように、俺を見つめるから。 「近くでばったり会ってさ。暇そうだったから、誘ってみた」 「…暇じゃないっての」 それに答えると、九条は不満そうにぼそりと呟く。 「え?え?この方、奏多と夏生の知り合い!?ってことは、もしかして音大生!?」 「あー、うん」 「スゴイ!彼がメンバーになってくれるなら、メジャーデビューも夢じゃないよ、きっと!」 やたらと興奮した様子の賢吾が、ずいぶん先走ったことを口にして。 ヤバいと思った瞬間、九条の纏っているオーラがピシリと凍りついたのを感じた。 「いや、まだそういうわけじゃ…」 慌てて、賢吾を遮ろうとしたけど。 「俺、無理やりこの人に連れてこられただけだから。それじゃ、失礼します」 そんな俺を遮った九条が、いつもの人形みたいな無表情でペコリと頭を下げ。 早足で出入り口のドアへと向かう。 「ちょっ、待って!」 咄嗟に手を伸ばして、その細い手首を捕まえると。 「触んな!」 バッと振り向いた九条が、力一杯俺の手を振り解いた。 「俺は、バンドなんてやんない。あんたとも、もうこれ以上関わりたくないから」 そうして、冷たく凍りつくような眼差しで俺を睨み、突然の決別の言葉を述べて。 足音を鳴らしながら、ドアを乱暴に開けて出ていってしまった。 「…あれ…?俺、もしかして余計なこと、言っちゃった…?」 「まぁ…その空気読めないとこが、賢吾って感じ」 焦ったような賢吾と、呆れたような夏生の声を聞きながら。 「…なんでだよ…」 ほんの少しだけ開きかけていた扉が、目の前で以前よりもっと固く閉ざされてしまったような喪失感に。 冷たく振り払われた手を、俺は強く握り締めた。

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