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序曲 12 side奏多
はっきりと拒絶されたけど。
だからって諦める気には全くなれなかった。
あの試験の日の充足感と、スタジオでの高揚感。
あんなの、相手が九条じゃなきゃ絶対に得られないものだって確信できたから。
きっとこの先どんな奴と一緒にやっても、あんな気持ちになることはない。
おまえも、きっとそうだろう?
いつもは動く人形みたいなおまえの顔が
あの瞬間ほんの少しだけど楽しそうに見えたのは
絶対に俺の気のせいじゃないよな…?
「九条」
ピアノ専攻の教室のある3号館の前で待ち伏せして。
出てきた九条に声をかけると、嫌悪感も顕に溜め息を吐かれた。
「…またかよ…」
そう言って、俺の顔も見ずに歩き出すから。
急いでその横に並ぶ。
「…毎日毎日、よく飽きないね」
しばらく歩幅を合わせて歩いてると、ぼそりと呆れた声がして。
「飽きるわけない。おまえがうんと言ってくれるまで、俺、諦めないから」
毎日呪文のように繰り返す言葉を、また口に乗せた。
「…さっさと、諦めてよ…」
「嫌だ」
「なんで」
「俺は、おまえとやりたい。むしろ、おまえ以外とはやりたくない。俺は、おまえが欲しいんだ」
俺のこの熱い気持ちが届くようにと、言葉に力を込めると。
九条は微かに眉を寄せ、きゅっと唇を引き結ぶ。
そうして、なにも言わずに黙々と歩いた。
最初の頃は、こう言うとけんもほろろに断られ、無視されていたけど。
毎日毎日繰り返すごとに、こうやって考え込むような沈黙の時間が増えている。
それはきっと
俺の言葉を前向きに捉えようとしてくれてるってことだよな…?
ほんの僅かな期待を込めて、その横顔をじっと見つめながら一緒に歩いていると、やがて校舎の裏にある駐車場へと着いて。
そこに停めてある黒い小さな車の前で足を止め、九条はもう一度大きく息を吐き出した。
「あんたの言いたいことはわかったから…とりあえず、今日は帰ってくれない?俺、今日はこの後急ぎの用事、あるし」
そうして、小さな声で言った言葉は、初めて聞く肯定的なもので。
「わかった。また明日来るよ」
嬉しくなって大きく頷くと、九条は呆れたように肩を竦めて、それでもなにも言わずに車のドアを開ける。
シートベルトを着け、エンジンをかける横顔をぼんやり見ていると、不意にカバンに入れっぱなしだったものの存在を思い出した。
「九条!ちょっと!」
慌てて窓ガラスを叩くと、迷惑そうに顔を歪めたけど。
それでも窓ガラスを下げてくれる。
「なに?」
「これ!」
俺はカバンの中から取りだした、少し皺のついたチケットを差し出した。
「…なに、これ」
「ライブのチケット。今週の土曜日、俺らライブ出るんだ。小さい箱だし、他のバンドも何組か出るやつだから、一曲だけだけど…聞きにきてよ」
「は?なんで俺が?」
「来てくれれば、わかる。絶対、後悔させないから!」
渡そうと思って、でもなかなか渡せなくて。
カバンの中でそのまま埋もれてしまいそうだったそれを、車の中に手を突っ込んで無理やり押し付けると。
顔をしかめたまま、素直に受け取ってくれる。
そんな些細なことが、なんかすごく嬉しかった。
「…気が向いたらね」
「わかってる。めちゃくちゃ期待して待ってるから」
「…も、いい。早く離れて。轢くよ?」
シッシッと、犬を払うような動作で追い払われても、全然嫌な気持ちにはならなくて。
「じゃあ、また明日な!」
笑顔で手を振ると、また肩を竦めて。
ふいっと顔を背けたまま、静かに車を発進させる。
車が、見えなくなるまでその場で見送ってると。
「奏多」
不意に後ろから声をかけられて。
振り向くと、固い顔をした夏生が立っていた。
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