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序曲 17 side奏多

「今日の奏多の歌声、超気合い入ってたじゃん!お客さんもめちゃくちゃ盛り上がってたし!」 控え室に戻ると、賢吾は興奮冷めやらぬ様子で俺の肩を容赦なくバンバン叩いてきた。 「まぁな。つーか、痛ぇんだけど…」 「やっぱ、うちのリーダーはすごい!かっこいい!最高!!」 「はは…ありがと」 相変わらず人の話を聞かない賢吾に苦笑してると、夏生の携帯が鳴る。 「あ…ごめん、ちょっと」 ディスプレイを確認した夏生は、慌てた様子で控え室を出ていった。 「夏生、どうしたん?」 「さぁな」 言葉を濁したけど、夏生が出ていった理由はなんとなく想像がついた。 今のはきっと 九条からの連絡だろう 俺の歌が届いたか、届いてないか。 ここへ来るのか、来ないのか。 考えると、鼓動はどんどん早くなっていって。 少し心を落ち着かせるために、ペットボトルの水を一気に半分ほど飲み干す。 あの悔しそうな表情は どうして自分がそこにいないんだっていう風に俺には見えたんだけど… 違うのか…? 夏生は、なかなか戻ってこなくて。 「…なぁ、そろそろ片付けないとヤバくない?」 すっかり落ち着いた様子の賢吾が、苛立ち始めた俺の顔色を窺いながらそっと言った時。 ようやく少しだけドアが開いて、夏生が顔を出した。 「ごめん、遅くなった」 入ってきたのは、夏生一人で。 思ってたよりもずっと落胆した心を自覚した、次の瞬間。 「どうぞ」 夏生が大きくドアを開いて。 そのドアの向こうに待っていた人の姿が見えた。 「…九条…」 思わず駆け寄って、抱き締めたくなる衝動をなんとか理性で抑えて。 沸き上がる熱いものが溢れ出てしまわないように、そっとその名前を呼ぶ。 「ああっ!びじっ…」 賢吾が叫びかけたけど、俺が睨み付けるとさすがに今回ばかりは空気が読めたのか、慌てて両手で口を塞いだ。 九条はいつも通りのポーカーフェイスのまま、小さく会釈して。 ゆったりとした足取りで、控え室へと入ってくる。 「来てくれたんだ。ありがとう」 「…だって、あんたがしつこいから」 「どうだった?俺たちの演奏」 「…まぁ、良かったんじゃない?客席、すごく盛り上がってたし」 俺が訊ねると、目を逸らしながらぼそりとそう言った。 「そっか。よかった」 それに頷くと、そのまま不自然な沈黙が落ちる。 夏生と賢吾の不安そうな視線を感じながら、俺はじっと九条を見つめた。 本当は、一緒にやらないかって言いたい。 一緒にやろうって。 あんたもその気だろう? だからここに来たんだろう? って。 でも、言えない。 言いたくない。 俺は あんたから言って欲しいんだ 俺と一緒にやりたいって 思いを込めて、見続けていると。 やがて九条は居心地悪そうに身動ぎして、はぁっと小さく息を吐き出した。 「…今の曲…」 「うん」 「…キーボード、ギターアレンジに変えたんだね」 「ああ」 「…でも…」 「うん?」 「…キーボード、あった方がいい…と、思った…」 「うん。だって、あの曲はキーボードが要になるように作ってたから」 そこで言葉を止めると、九条はちらりと横目で俺を見て。 諦めたように、そっと目を伏せる。 「…あんたって」 「うん?」 「意外と性格悪いんだ」 「そう?」 思わず、口元を緩めると。 もう一度大きく息を吐き出して、顔を上げ。 まっすぐに俺を見つめた。 その瞳は、やっぱりブラックダイヤのように美しく煌めいていて。 目が、離せなくなる。 「…わかった。やる。俺も、一緒にやらせてよ」 「やったー!!」 柔らかそうな艶めく唇が紡ぐ、待っていた言葉に。 俺よりも早く、賢吾が雄叫びを上げた。 「おまっ…」 「ただし」 思わず賢吾を睨んだ俺を、九条が遮る。 「…ただし?」 「俺にも、ギター教えてくれたらね」 そうして、まるでイタズラを思い付いた子どもみたいにニヤリと笑って、そう言った。 「えぇぇっ!?」 なんで!?

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