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組曲 3 side奏多

改札を抜け、駅前の賑やかな繁華街を並んで歩く。 「別に、いつも送ってくれなくてもいいのに。俺、ちゃんと抑制剤飲んでるから、大丈夫だけど」 「いいの。俺がやりたくてやってんだから」 言ってる側から、反対方向から急ぎ足で歩いてきた男が凪にぶつかりそうになって。 俺はその華奢な肩を掴んで、自分の方へと引き寄せる。 「…ありがと」 「どーいたしまして」 気まずそうにぼそっと礼を言った凪に、俺は笑いながらそう返した。 夜の街は、たくさんの人でごった返していて。 小柄な凪は人波に簡単に押し潰されてしまいそうで。 それを庇うように、俺はしばらくの間そのままで歩いた。 すっぽりと腕の中に入るサイズ感が、なんだかすごく愛おしかった。 「…手」 大通りから、脇道へ入り。 人通りが少なくなると、凪はぶっきらぼうに言った。 「ん?」 「いつまで、肩抱いてんの」 「あ…うん」 上目遣いに睨まれて。 名残惜しい気持ちを抑えつつ、手を離すと。 すっと横にずれて、俺との間にわずかな空間を作る。 「そんな離れなくても、よくね?」 「いいの、これで」 少し俯きがちに歩く凪の頬には、少し伸びた髪がかかっていて、その表情はよく見えない。 恥ずかしがってんのかな…? もしかして、嫌だったとか…? いやいや そんなはずはない…と思うけど… その心中を察して、心がざわざわして。 「…あのさ」 堪らず、口を開いた。 「前から聞こうと思ってたんだけど、なんで急にギター始めたんだ?」 とりあえずなんでもいいから話をしようとしたら、口から飛び出たのはそんな疑問で。 凪はゆっくり顔を上げ、俺の目をじっと見る。 「…そういう奏多は?」 「え?」 「奏多こそ、なんでギター始めたの?バイオリン、すごく巧いのに」 その赤い果実のような唇から、まさかの俺を誉める言葉が飛び出て。 たったその一言が、なんかすごく嬉しくて。 「俺はその…なんつーか…反抗期、的な?」 俺が聞いていたはずの疑問に、気付いたら逆に答えていた。 「反抗期?」 「そ。俺の父親、世界的に有名なバイオリニストだったらしくてさ。っても、俺が2歳の時に死んじゃったから、よく知らないんだけど」 「…そう、なんだ…」 「母親は、それが自慢っていうか、誇りっていうか…だから、息子の俺も父親みたいな有名なバイオリニストに育てるのが生き甲斐だった。ガキの頃はめっちゃ厳しくてさ。ちょっとミスっただけで、手を叩かれたりして…よく、泣きながら練習したよ」 「そんなに…?」 俺の話に、凪がその形の良い眉を歪める。 「でも、その時はそれでもよかったんだ。上手く弾けると母親が喜んでくれて、それだけですげー嬉しかったし」 「…うん…それは、俺もわかるよ…」 でも、次の言葉には、まるで自分のことのように深く頷いた。

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