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組曲 4 side奏多

あなたのお父さんはね とってもとっても才能のあるバイオリニストだったの だから奏多 あなたにも絶対に同じ才能があるの だからあなたは絶対に お父さんと同じ とても有名なバイオリニストになるの 絶対によ…? まるで呪いのように 繰り返し聞かされた言葉 いつだっただろう 同じ言葉を繰り返す母の笑顔が おぞましいものに見えてしまったのは…… 俺の母は父の熱狂的なファンだったという それがどうして夫婦になったのかは知るよしもないけれど 父が死んで尚更 母の中の父は神様のように崇めたてられて 母が望んだのは俺が俺であることではなく 俺が父になることだと気付いたあの日だったのかもしれない 「中学生の時にさ、自分でもめちゃめちゃ上手く弾けたって手応えのあったコンクールがあって…母親も喜んでくれたんだけど、その時に言われた言葉にハンマーで叩かれたみたいな衝撃を受けたんだ」 「…なんて、言われたの…?」 「やっとお父さんに近付けたわね、って」 「…それ、は…」 「それまでも、本当はなんとなくは気付いてたんだと思う。俺を父親のコピーにしたいんだってことに。でも、それをはっきり自覚した瞬間、自分が自分じゃなくなっていくような、自分のなかの何かが崩れ落ちていくような気がして…それからは、いろんなジャンルの音楽を聞き漁った。父親じゃない、俺だけの音楽を見つけるんだって。ギターを手にしたのは、たまたま従兄弟の圭人さんがやってて、教えてくれるって言ったからだけど…初めて音を出した瞬間、身体が震えて…わかったんだ。俺の音は、ここにあるって」 「でも…お母さん、それを許したの…?」 「まさか。何度も大喧嘩したし、家を飛び出して賢吾の家にしばらく世話になったこともある。でも、やっぱ一人で苦労しながら育ててくれたのには感謝してるからさ。音高なんて死ぬほど金かかるから、朝から晩まで働いてたし。だから、俺もふて腐れてないでちゃんと向き合って理解してもらおうって思って、何度も何度も説得して…やっと音大出たら好きなことしていいって言ってくれるとこまできた。…まぁ、あっちは俺の気が変わるのをかなり期待してるんだろうけど」 バイオリンは嫌いじゃない むしろ好きだ でも それよりももっと好きなものを見つけた 俺だけの音楽を 俺は父さんのコピー人形なんかじゃなくて 俺自身として生きていきたい そう言った時の母さんの悲しそうな でもどこか救われたような泣き笑いの顔を きっと一生忘れない 「…奏多は、すごいね。羨ましいよ…」 ぼそりと呟いた凪は、なぜか苦しそうにぎゅっと口をひき結んで。 また視線を地面に落とす。 まるで世界にぽつんと取り残されたみたいな儚い姿に、俺はかける言葉をすぐには見つけられなくて。 なにを言おうか考えている間に、凪の住むマンションに着いてしまった。 「…送ってくれて、ありがと」 「…おう。じゃあな」 「うん」 俯いたまま、頷いて。 俺と目を合わせることもなく、鍵を開けてエントランスの自動ドアを潜る。 その華奢な背中がエレベーターの中に消えるのを見送って、マンションの敷地を出て。 前の道路のガードレールに腰掛け、5階建てのマンションを見上げた。 3階の一番角、小さなベランダとそこへ繋がる窓がある、恐らくワンルームの部屋。 凪がマンションに入ってしばらくするといつもそこに灯りが点るから、たぶんそこが凪の部屋なんだろう。 あいつ… いったい腹の中になに抱えてるんだろう… いつか 俺に話してくれる日がくるのかな… 時折見せる、寂しそうな、苦しそうな横顔を思い出しながら見つめていると、薄いカーテンの閉めきられた部屋に灯りが点いて。 ほっと安堵の息を吐いて、ガードレールから腰を浮かせた時。 おもむろにカーテンが開いて、凪が姿を現した。 「…いつも、そうやって見てんの?ストーカーかよ」 ベランダに出てきて、手摺に両手をかけ。 じろりと俺を睨む。 「う…ごめん」 自分でもストーカーっぽい行動だって自覚はあったから、言い訳も出来ずに謝ると。 不意に、ふわりと笑った。 初めて見せる 鮮やかな笑み 「…嘘。今日はありがと」 その美しい微笑みは 心を激しく揺さぶって 俺の一番深いところに一瞬で 二度と消えない傷のように刻み込まれた 「じゃあ、また明後日ね」 ドキドキと早鐘を刻む鼓動を抑えるのに手一杯で、返事も出来ないでいると。 凪は笑顔のまま小さく手を振って、部屋へと戻っていく。 その姿が消えても、俺はその場から動けなくて。 何度も繰り返しあの笑顔を思い出しながら、ずっとカーテンの閉まった窓を見つめていた。

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