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組曲 6 side奏多
ドクンドクンと。
鼓動が耳元で煩く響く。
教授の部屋へ近付く度に、それは大きくなって。
『本当はどんなに淫乱な生き物なのか、ちゃんとその目で見た方がいいんじゃねぇ?』
あいつの汚い声が、頭のなかで反響する。
違う…!
凪はそんな奴じゃない!
あんな奴より俺はよくそれを知ってるだろ!
それを打ち消すために、何度もそう繰り返してると。
目線の先にあったドアがバタンと開いて、そこから転がるようにして凪が飛び出してきた。
「凪っっっ!」
ぺたんと廊下に座り込んだ凪に駆け寄って、その背中に手を添えると、凪ははぁはぁと激しく息を切らしていて。
俺の手を振り切って、よろよろと立ち上がる。
「…離れて、奏多」
「おいっ…」
「…薬…飲まされた、から…ヒート…くるよ…」
「えっ…」
「九条っ!」
一瞬、なにを言ってるのかわからなくて、呆然と立ち竦むと、またバタンとドアが開いて。
中から飛び出してきたのは、江草教授。
俺の姿を見て息を飲んだ教授は、白いシャツがよれてて頬には引っ掻かれたような傷があった。
「な、なんだ、君は…」
「あんたこそ、凪になにしやがった!?」
なんとなく、中でなにがあったのかが想像できて。
思わず教授に詰め寄ろうとしたら、震える手が俺の肩を掴んで止める。
「…いい。いいから…行こう…」
「凪…」
俯いたまま、覚束ない足取りで歩き出した凪の後を慌てて追いかけ。
よろける身体を、無理やり抱えあげた。
瞬間、ふわりと花のような香りが辺りに広がる。
「奏多っ…」
「そんなんで、歩けないだろ。大丈夫だから、じっとしてろ」
「…っ…ごめ…」
泣き出しそうな声で呟いて、凪はおとなしく俺の胸に顔を埋めた。
追いかけてくるかと思っていたけど、教授が追いかけてくる気配はない。
急ぎ足でその場を離れる間にも、花のような香りはどんどん濃くなってきて。
凪の息遣いも、どんどん荒くなっていく。
それに呼応するように、自分の身体の芯も火が着いたように熱くなってきて。
なにもしてなくても、まるで全力疾走した後みたいに、息が苦しくなってくる。
なんだ、これ…
これが、Ωのヒートなのか…?
「…っく…」
「奏多…も、いいから…」
俺の異変に気がついたのか、凪がもぞもぞと動くから。
「大丈夫だって言ってんだろ!」
落っことさないように、抱え直した。
「…ごめ…ごめん、ね…」
「謝んなって!」
香りは益々強く、身体の火照りは益々大きくなってくる。
頭が、ぐらりと揺れて。
視界がぼやけてくる。
自分の息遣いが、耳元でやたらと大きく響く。
まずいな…
辛うじてまだ機能している理性が、激しく警鐘を鳴らして。
俺はとりあえず目についた部屋のドアを足で蹴っ飛ばして開けた。
幸い、中には誰もいなくて。
鍵を掛け、部屋の真ん中に凪をそっと下ろす。
「…かなた…」
むせ返るほどの濃いフェロモンの香りのなか。
潤んだ、ブラックダイヤの瞳が、俺を見上げて。
視線が絡んだ瞬間、激しい衝動が沸き上がってきた。
この美しい獲物を
抱き締めて
囲い込んで
ぐちゃぐちゃに抱き潰してしまいたい
そんな衝動が
「くっそ!!!」
咄嗟に自分で自分の頬をひっぱたくと、ほんの少しだけ正気が戻ってきて。
奇跡的に思い出した緊急用抑制剤の入った注射器を、鞄のなかから取り出し、腕に突き立てる。
「かなたっ…」
「ちょっと黙ってろ!」
声を聞くだけでも、自分が抑えられなくなりそうで。
思わず叫ぶと、凪が息を飲んで。
頭を抱え込み、まるで猫のようにぎゅっと身体を丸くした。
俺は目を瞑り、凪のことを頭から追い出して、自分の感覚だけに集中する。
しばらくそうしてると、あんなに激しかった息が整ってきて、身体の熱さも収まってきた。
「…ごめん、凪。大丈夫か?」
振り向くと、顔だけ上げて小さく頷く。
その時に、初めて気が付いた。
凪の着ているシャツのボタンが無くなってて、胸元まで素肌が顕になっていることに。
その白い肌に、また目眩がしそうで。
急いで着ていたパーカーを脱いで、肩から掛けてやる。
「…かなた…」
「抑制剤は?持ってるか?」
濃いフェロモンは感じるけど、さっきまでの獰猛な欲望は沸き上がらないことにほっとしつつ、訊ねると。
「ある…けど…カバン、なか…」
カタカタと震えながら、答えた。
「カバン?どこにある?」
「4番の…練習、室…」
「わかった。取ってくるから、ここで待ってろ。鍵を掛けて、俺が戻ってくるまで絶対に開けるんじゃないぞ」
念を押すと、涙をいっぱい貯めた瞳で、子どものように何度も頷いて。
俺はそっとその柔らかい髪を撫で、急いで部屋を出た。
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