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組曲 8 side奏多

ヒートはなんとか収まったけど、まだ顔色が悪い凪を一人で家に帰らすわけにはいかなくて。 でも、免許を持ってない俺が車で送ってやることも出来なくて。 仕方なく、凪が運転する車の助手席に乗り込んで、凪の自宅へと向かった。 「悪いな…運転出来なくて」 「ううん、大丈夫。もう、ヒートは収まってるから」 そうは言ったものの、凪はまだかなりキツそうで。 途中のコンビニの駐車場に車を止め、ぐったりとハンドルにもたれ掛かってしまった。 「なんか買ってこようか?」 「じゃあ…水」 「わかった」 車を降り、夏生に今日の練習は休むことを連絡して。 水を2本買って戻ると、凪はシートを倒して横になっている。 「ほい、水」 「ありがと」 差し出した水を半分ほど一気に飲み干すと、またシートに深く身体を沈めて、右腕で目元を隠した。 「…大丈夫か?」 「うん…と言いたいけど、正直に言えば、めちゃくちゃキツイ」 「…だよな…」 そのまま沈黙が落ちて。 俺も水を一口飲んで、凪と同じようにシートを倒して横になる。 しばらく目を閉じて、ぐちゃぐちゃと今日のことを思い出してると。 不意にあの凪から来たメールの画面が頭に浮かんだ。 「…なぁ」 「なに?」 「もしかして、わかってたのか?今日、教授に襲われるかもしれないってこと」 じゃなきゃ 今まで一回も自分からメール送ったことがない凪が あんなことを送るはずがない 身体を起こして、凪を覗き込むと。 目元を隠してた腕をゆっくりと外して、ぼんやりと天井を見つめる。 「…だいぶ、焦れてるなぁとは、思ってた。今まで、なんとか躱してきたけど…あの人が俺に興味があることは、わかってたから」 「興味って!そんなレベルじゃねぇだろ!」 「でも、まさかあそこまでやるとは思わなかった。だから、今回は俺のミスでもある。もっと警戒するべきだった」 抑揚のない声で、淡々と話す凪に。 イラっとした。 「んなもん、凪のミスなんかじゃねぇだろっ!全部、あいつが悪い!薬を飲ませて、なんて、犯罪だぞ!?学校か、それがダメなら警察に言うべきだろ!」 「それは、しない。奏多も、なにもしないで」 「なんでっ!こんなことされて、泣き寝入りするつもりかよ!」 ついつい声が大きくなると、凪の視線がゆっくりと俺を見る。 その眼差しはとても静かで。 その名の通り、風ひとつない水面のように凪いでいた。 「別に、泣き寝入りなんてするつもりはないよ。でも、今回は未遂だし、なにより奏多に見られてるから、当分あの人が俺に危害を与えることはないと思う」 「だからって!このままにする気か!?」 「担当教官を代えてもらう申請はするよ。でも、たぶん通らないと思う。江草先生が、うちの学校で一番権力の強い先生だからね」 「凪っ!」 「俺は!」 凪の言うことが理解出来なくて、思わず声を荒げた俺は。 さらに強い声で遮られた。 そのブラックダイヤの瞳には、なにものにも屈しない、強い光が宿っている。 「…この学校を辞める気はない。ピアノを辞める気も。奏多がギターにハマってても、バイオリンを決して捨てないように、俺も絶対にピアノを捨てない。ピアノは…俺のなによりも大切な、命と同じものだから」 煌めく、なによりも強く美しい意志の光に。 俺はそれ以上なにも言えなかった。

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