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組曲 9 side奏多

自分の家に戻っても、モヤモヤは晴れなかった。 凪の言いたいことはわからないでもない でもだからって あんなことされて黙ってるなんてさ… あそこでなんとか逃げられたからいいようなものの 無理やりヤられてもおかしくない状況だぞ!? もし凪があのおっさんにヤられてたら… 俺は… そこまで考えた瞬間、凪の顕になった白い肌が脳裏に甦ってきて。 心臓がバクンと跳ねる。 いや… ぶっちゃけ、俺もヤバかった… あの強烈なフェロモンを嗅いだ瞬間 思考が全部ぶっ飛びそうになって… 俺の中の知らない俺が あいつを食べたいって叫んだ ぐちゃぐちゃに抱いて 自分の印を刻み込みたいって あれがΩのヒートなのか…? 知識でしか知らなかったそれを目の当たりにして 初めて夏生がなにを不安に思ってたのか理解出来た気がする もしもう一度あのフェロモンを嗅いだら 俺は自分を止めることが出来るんだろうか…? 「…いや、大丈夫だ。今回だって、ちゃんと止まれただろ。これからだって、大丈夫」 自分に言い聞かせるように、わざと声に出してそう言って。 邪念を振り払うために、バイオリンを手にする。 頭を空っぽにしたい時は、やっぱり子どもの頃から触ってきたバイオリンの方がいい。 とりあえず無心になれるものを、とツェゴイネルワイゼンを弾き始めたものの。 『ピアノは…俺のなによりも大切な、命と同じものだから』 結局頭のなかを占めるのは、凪の強い眼差しで。 ピアノが命と同じものだと言うなら なんでギターを手にした? あのガラコンサートの色のない音は? あいつの行動や言動は いつも矛盾に満ちていて 俺はどうしたら本当の凪に触れられるんだろう…? 「っ…あーっ!くそっ!」 結局、邪念を払うどころか、余計に頭のなかは凪のことでいっぱいになってしまって。 諦めて、バイオリンをケースに戻すと、ベッドへと思いきりダイブした。 スプリングのあまり効いてない固いベッドの上で、あの時の凪みたいに身体を丸くしてみる。 凪… 俺はもっともっとおまえのことが知りたい おまえがなにを思ってピアノを弾くのか おまえがなにを思ってギターを弾くのか あまり動かない表情の下で なにを思っているのか 時々見せる泣き出しそうな顔はどうしてなのか どうしても知りたいんだ こんな気持ち 誰にも持ったことがない 凪だけ 俺… もしかして、おまえのこと……… ゆっくりと意識が遠退くのを感じた時。 突然、携帯の着信音が鳴り響いた。 こんな時間に掛けてくるのは、夏生か賢吾か、もしくは母さんのどれかしかないから。 めんどくせぇなぁと思いつつ、携帯を手に取って。 でも、そこに表示されていた名前に、眠気が一気に醒めた。 凪!? 「凪!?どうかしたか!?」 慌てて画面をタップして、耳元へ当てると。 向こう側からは、苦しそうな息遣いだけが聞こえてくる。 「おい!どうしたんだよ!?」 「…かな、た…」 荒々しい呼吸の間から、掠れた声がして。 「…ごめ…ごめ、ん…ごめん、かなた…」 なぜか、何度も謝罪の言葉を唱えた。 「ごめんって、なに?なにがあった!?」 聞き返しても、返ってくるのは呼吸音だけで。 「凪!なにがあったのか、ちゃんと話してくれ!」 焦って、怒鳴るように叫ぶと。 「……たす、けて……」 弱々しい小さな声が、俺を突き刺した。

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