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組曲 14 side奏多

音が 聞こえる どこか哀しくて 切ない ピアノの音色 それはまるで 誰かの泣いてる声のような……… 重い目蓋を抉じ開けると、眩しすぎる朝の光が目を差した。 その光の強さに、思わずもう一度目を閉じると、聞こえてきたのは夢の中で聞いたピアノの音。 モーツァルトのレクイエム そろりと薄目を開け、部屋を見渡して。 窓の側に置かれたアップライトピアノの前に座る凪を見つけた。 薄いシャツ一枚を羽織っただけの華奢な背中は、いつもよりもっと小さく見えて。 …泣いてる…のか……? 哀しげなピアノの音色に、なんとなくそう感じて。 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるような痛みを感じた。 駆け寄って、その背中を抱き締めてやりたかったけど。 レクイエムを奏で続けるその姿は、全てを拒むようにピンと張り詰めたオーラを纏っていて。 俺はその場から動くこともできず、昨夜は繋いでいたはずの手をただ握り締めたまま、その孤独な背中を見つめることしか出来なかった。 やがて、音が止んで。 凪は大きく息を吐き出すと、ピアノの蓋を閉じて立ち上がる。 そうして振り向いた頬には、予想に反して涙の跡はなかった。 「…起きてたの?」 「ああ…うん」 「ごめん。起こしちゃったね」 「いや…大丈夫。今、何時?」 「もうすぐ12時」 「マジか…」 そういえば、うっすら外が明るくなるまで繋がってたかも…なんて、朧気な記憶を思い出しながら起き上がると。 凪が、スポーツドリンクの入ったペットボトルを差し出してくる。 「飲む?」 「あ、うん。ありがと」 それを受け取ると、凪はベッドの端にちょこんと腰かけた。 「…終わった、のか?」 すっかりフェロモンの香りの消えた、いつもの様子に訊ねると。 俯きがちに、こくんと小さく頷く。 「…ごめんね。いろいろ、迷惑かけて」 「いや、迷惑だなんて思ってないし」 そういえば… なんか、やたらと謝ってたな…? そんなに気にすることないのに 俺は 凪がピンチの時に思い出してくれたαが俺だったこと めちゃくちゃ嬉しかったんだから 本当はそう続けたかったけど。 なんか、そこまで自分の気持ちを開けっ広げにするのもちょっとな…と思い直して。 「気にすんなよ。俺たち、仲間だろ?」 なるべく凪が負担を感じないような無難な言葉に、すり替える。 凪はゆっくりと顔を上げ、なぜか泣きそうに頬を歪めながら、唇だけ笑みの形を作った。 「…凪…」 なんでそんな顔をするのか、わからなくて。 無意識に、手を伸ばす。 でも。 「…お腹、空いたでしょ。なんか食べよ。ピザのデリバリーでいい?」 まるで俺の手を拒否するように、触れる直前でベッドから立ち上がって、俺から距離を取った。 「あ…うん…」 突然向けられた背中を見つめながら、届かなかった手を握り締める。 「なんか、嫌いなものある?食べられないものとか」 「いや、特には…」 「じゃあ俺のチョイスで勝手に選んでいい?」 「ああ」 スマホを弄る凪は、頑なに俺に顔を見せてはくれなくて。 「適当に頼んどくから、シャワー浴びてきたら?着替え、用意しておくから」 素っ気ない声音に、微かな胸の痛みを抱えつつ。 「…ああ。ありがとう」 俺はしぶしぶ、ベッドを降りた。

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