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組曲 16 side奏多
受け取ったピザは、Lサイズが二枚。
「これ、二人じゃ多すぎない…?」
ローテーブルから半分近くはみ出してる二枚のピザを前にして訊ねると、凪はきょとんとした顔で首をかしげた。
「だって、奏多いっぱい食べるでしょ?αだし」
「…いや、αだからって全員大食いなわけないし…おまえの周りのα、どんな大食漢なの…」
奢ってもらった手前、それ以上文句を言うことも出来ず。
俺は必死にピザに食らいついた。
が、当然食べきれるわけもなく…。
「…も、無理…」
「奏多って、身体大きいけど意外と少食だよね」
一枚を食べきったところでギブアップした俺に、凪はまだ一ピース目をちまちまと食べながら、肩を竦める。
「少食じゃねぇだろ、めちゃくちゃ食べたぞ!そういうおまえは、全然食べてないじゃん!」
「俺はいいの。いつもそんなに食べないから」
「じゃあ、なんで二枚も頼んだんだよ…」
腹がはち切れそうで座ってられなくて、行儀が悪いと思いつつ、そのままラグの上にごろりと転がった。
「…ねぇ、奏多」
ぽっこりと出てしまったお腹を擦ってると、凪がぼそっと俺を呼ぶ。
「んー?」
「…助けてもらっといて、こんなこと言うのあれなんだけど…今回のこと、なかったことにして欲しい」
ぼそぼそと告げられた言葉は、最初理解できなくて。
しばらく考えて言葉の意味がわかると、俺は反射的に起き上がった。
「え…なんで?どういうこと?」
思わず眉を寄せた俺から、凪はすっと目を逸らす。
「今回はイレギュラーだったけど、俺、いつもは薬飲めばヒートは抑えられるし。別に、αに相手してもらわなくても大丈夫だから」
「薬って…あの、大量のか!?」
「だから、今回はイレギュラーだって言ってる。普段はちゃんと適正量でなんとかなる」
「…だからって…」
なんで、なかったことに、なんて話になるんだよ…
心の声は、どうやらまた表情に出てしまったみたいで。
凪はちらっと横目で俺を見ると、小さく息を吐いた。
「…俺…番が、いるんだ」
そうして、耳を澄まさないと聞き取れないほどの小さな声で告げられた事実に。
今度こそ、頭が真っ白になった。
なに…?
番…?
なに言ってるんだ………?
「…いや、まてよ…番って…だってさ…」
この世界に生きる人間なら
誰でも知ってる事実
番を持ったΩは
他のαに触れられると激しい拒絶反応を起こす
なのに……
おまえは俺を求めて
俺を受け入れた
番がいるというなら
なんでそんなことになるんだよ!?
凪の言ってることが一ミリも理解できなくて。
頭が混乱する。
「なに…は…?なんで…」
意味を成さない言葉を繰り返してると、凪はなぜか泣き出す前のような顔で、その頸に着けているチョーカーに手を掛けた。
するりと外れたその下から現れたのは、歯形の跡。
でも、よく目を凝らさないとわからないほど、薄いものだった。
「それ、は…」
「俺には、番がいる」
そう断言して、右手でその跡に触れる。
その瞬間の凪は、幸せそうで。
でもすごく哀しそうで。
直感で、わかった。
相手のαが
恐らく死んでるんだってことが
そう考えれば、全ての辻褄があう。
相手が死んでしまえば、自動的に番契約は解消されるんだから。
「…その、相手ってさ…」
「俺は、今でもあの人を愛してる」
恐る恐る事実を確認しようとしたら、強い声で遮られた。
そうして、外していた視線をゆっくり戻し。
強い意思を込めた瞳が、俺を真っ正面から捉える。
「たとえここにはもういなくても、俺はあの人を愛してる。これからも、ずっと。だから、俺はもうこの先誰とも番うことはない」
はっきりと宣言するように強く発せられた言葉は、でもなぜか微かに震えていて。
「だから…ごめん。今回のことは、忘れて欲しい。ホント、ごめん」
また泣きそうな顔で、凪は俺に向かって小さく頭を下げた。
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