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組曲 18 side奏多
マンションのエントランスに辿り着くと、迷わず凪の部屋番号を押した。
応答はなかったけど、絶対に部屋にいるはずだと、何度も何度も呼び出して。
5分ほどそれを続けると、ようやく応答する気配がした。
『…なんだよ…』
聞こえてきたのは、ひどく気だるげな弱々しい声。
「凪、開けてくれ。おまえ、大丈夫なのか!?」
『…大丈夫、だよ…』
「全然、大丈夫じゃねぇだろっ!」
明らかに、具合が悪そうで。
「開けてくれよ!頼む!」
『…帰って…』
「帰んねぇ!開けてくれるまで、何度だって呼び出すぞ!」
半ば脅しみたいに叫ぶと、しばらくの沈黙の後、静かにエントランスの自動ドアが開いた。
飛び込むように中に入り、上階にいたエレベーターを待ちきれずに非常階段を駆け上がって。
凪の部屋のインターフォンを鳴らす。
何度も連打してると、カチャリとドアが開いて。
「凪っ!」
おもいきりドアノブを引っ張ると、玄関に蹲る凪の姿が目に飛び込んできた。
「おいっ!大丈夫かっ!?」
側にしゃがんで覗き込むと、顔は真っ赤で。
「…おまえ…なんなの…」
苦しそうに、浅い呼吸を繰り返している。
思わず手を伸ばして、でも一瞬躊躇して。
ふぅっと息を吐き、そっとその華奢な肩に触れた。
触れた指先が、びっくりするほど熱かった。
「ちょおっ…すごい熱じゃん!」
考える間もなく、熱い身体を抱き上げる。
抵抗する気力すらないのか、凪はおとなしく俺に抱かれるがままだった。
そのままベッドへ移動し、そっとその上に寝かせて布団を掛ける。
「熱、計ったか?」
問いかけには、小さく首を横に振った。
「体温計、あるか?」
震える指が、チェストの上を指して。
そこに、昨日アフターピルを取り出していた薬箱を見つけた。
体温計を探してると、鎮痛解熱剤と書かれた袋が目に入る。
醍醐総合病院、と印刷されている袋だったから、医者に処方されてるものなら大丈夫だろうと、それも一緒に取り出して、凪の側へ戻った。
脇の下に体温計を挟ませて、待つこと数十秒。
「げ…ヤバイじゃん…」
表示は、41.9°で。
生まれて初めて見たその数字に、若干びびる。
これ、解熱剤飲ませるだけでいいのかな…?
でももし抑制剤の副作用なら、他に薬とかないだろうしな…
「凪、熱高いけど、病院行くか?醍醐総合病院って、かかりつけの病院だろ?」
一応、聞いてみると。
力なく、首を横に振った。
「…いい…いつもの、こと、だから…」
「いつもの、って…」
「…寝てれば…なおる…」
「じゃあ、解熱剤だけ飲もう。飲めるか?」
その提案には小さく頷いてくれたから、俺は水を探すために冷蔵庫を開ける。
そこには、数本のペットボトルと、昨日頼んだピザの残りが入っているだけだった。
「…これだけ…?」
あいつ
どうやって暮らしてるんだ…?
後でいろいろ買ってきた方がいいな、なんて考えながら、水の入ったペットボトルを取り出し。
ぐったりしてる凪の上半身を支えながら起こして、解熱剤を飲ませる。
「なんか、食べたいものとか飲みたいものとか、あるか?買ってくるけど」
またベッドに横たえて、布団を掛けてやると。
薄く目を開いた。
ぼんやりと焦点の合ってない瞳は、熱で潤んでいて。
不覚にも、ドキリと胸が疼く。
「…アイス、食べたい…バニラの…」
若干舌足らずの言い方が、いつもより子どもっぽく聞こえて、可愛いと思ってしまう。
まてまてまて
俺は振られたんだぞ
邪な考えはやめろ
「わかった。すぐ買ってくるよ。鍵、貸してくれる?」
心のなかで自分を戒めつつ、そう言うと。
凪は素直に頷いて、鍵のありかを教えてくれて。
「すぐ戻る。寝れそうだったら、寝てろよ?」
俺は急いで、コンビニへと走った。
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