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組曲 20 side奏多

解熱剤を飲ませても、熱はなかなか下がらなくて。 うつらうつらと浅い眠りを繰り返す凪が目を覚ますたび、水を飲ませたり、おでこのシートを代えたりしながら、俺は一晩中付きっきりで看病した。 次の日の昼過ぎにようやく熱が少し下がり、深く寝入ったのを確認して、俺もベッドの下にごろりと寝転がった。 ほんの少し仮眠を取るつもりが、気がついたら辺りは真っ暗になってて。 慌てて電気をつけて様子を見ると、凪は健やかな寝息を立ててよく眠っていた。 顔色も、ずいぶん良くなったように見える。 「よかった…」 山は越えたような気がして、安堵の息を吐き。 布団の上に投げ出された左手をそっと握って、少し硬くなってる人差し指の先端に、触れる。 昨夜ずっと握ってるときに気がついたそれは、ピアニストには出来るはずのないもので。 振り返ると、ピアノの横には真新しいFenderのギター。 この部屋で一人、練習していた姿を思い浮かべると、愛おしさがまた溢れた。 「…ごめん、な…俺、おまえのこと諦められそうにないや…」 夜中に目が覚めたおまえが、俺を探すように視線を彷徨わせ。 俺を見つけた瞬間、安心したように微笑むたび。 どうしようもなく、心が疼いた。 見返りなんて、望まない。 と言ったら、嘘になるけど…。 でも今は、ただ側にいたい。 側にいて、おまえが困った時や苦しい時は、一番に手を差し伸べたい。 おまえが泣きたい時には、その背中を抱き締めてやりたい。 今生きてる人間のなかで おまえの一番側にいる人間になりたい 「…それは、許してくれるか…?」 答えの返るはずのない願いを、問うと。 「…かなた…」 眠っていたはずの凪が、小さく俺を呼んだ。 瞬間、ドキリと心臓が跳ねて、思わず息を飲むと。 ゆっくりと目蓋が開いて、まだ緩い眼差しが俺を捉える。 今の、聞こえてた…? ドキドキしながら、凪の言葉を待ってると。 「…ききたい…」 ぼそっと、そう言った。 「え…?」 「あのうた…ききたい…」 「歌…?」 「あの…ライブで、うたってた、うた…きかせてよ…」 凪の願いは、想像もしていなかったもので。 「…おれ…あのうた、すき…」 掠れた声で紡がれた言葉に、トドメを刺された気がした。 「わかった」 断る理由なんて、なかった。 凪が願うこと 欲しいもの なんでも俺が叶えてやる 握っていた手を離し、立て掛けられていた凪のギターを手に取る。 といっても、原曲はロック調の曲だから、この場にはあまりふさわしくなくて。 即興で、アコースティックバージョンに編曲した。 たとえば今が 星も見えない暗闇でも いつか必ず夜明けがくる だから僕は歌おう 僕の歌声が 朝を告げるひばりのように 君に朝を届けるまで 僕は歌い続けよう 囁くように歌う俺を、凪はじっと見つめてて。 最後に弦を弾いた瞬間、ふわりと柔らかく微笑んだ。 その微笑みはまるで、舞い降りてきた天使のそれのようだった。

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