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組曲 21 side奏多

結局、熱が下がりきったのは3日目の夕方近くになってからだった。 「ごめん、結局ずっと付き添ってもらっちゃったね…」 コンビニで買ってきたレトルトのお粥を啜りながら、凪がしゅんと肩を下げる。 「学校、大丈夫なの?」 「大丈夫。俺、成績はめっちゃいいからさ。ちょっとくらいさぼったって、なんとかなる。だから、凪は気にしなくていいから」 俺は牛丼を食べながら、笑ってそれに答えた。 「っていうかさ、おまえ、独り暮らしのくせにキッチン用品なんも無さすぎじゃない?どうやって生活してんの?」 本当は、病み上がりの凪にコンビニのなんかじゃなくて、自分でお粥を作ってやりたかった。 でも、この部屋にはお皿が数枚とコップが2個あるだけで、鍋なんかの調理器具の類いは一つもなかったから、物理的に無理だった。 「どうやってって…適当に?普段は外で食べるか、コンビニで買うか…練習に集中してる時は、別に食べなくてもいいし」 「…健康に悪すぎだろ…だから、そんなに軽いんだよ」 「別にいいじゃん。俺、食べることにはあんま興味ないもん。生きる分のエネルギーさえ取れれば」 「はぁ…」 なんとなく想像ついてた回答に、つい溜め息が出た。 「…なんだよ。俺の食事が奏多になんの関係があるのさ」 「あるよ。だって、心配じゃんか」 そう言うと、凪がピタリと動きを止める。 「…別に…」 「だから、たまには俺が作ってやるよ」 硬い表情で、なにかを言おうとするのを、あえて遮った。 「俺、わりと料理は得意なんだ。リクエストあったらなんでも言って」 「…あのさ」 「だから、おまえはごちゃごちゃ考えないで、ただ俺を利用すればいいんだよ」 凪の言いたいことは、わかってる。 でも、俺はもう決めたんだ。 おまえの一番近くにいる人間になるって。 「ヒートだってさ、本当は薬、合ってないんだろ?」 「…夏生か…」 「だったら、俺を利用すればいいじゃん。しんどい時は、俺を呼べばいい。番になんか、しないよ。そのチョーカーがあれば、噛もうと思っても無理だしな」 真っ正面から見つめると、ブラックダイヤの瞳が揺れる。 「…なんで?それって、奏多になんのメリットがあるの?」 俺の心の内を探るように、低い声で訊ねるから。 俺は不敵に見えるように、ニヤリと笑ってみせた。 「メリットなら、あるさ」 「だから、なんの?」 「俺が凪にとって役に立つって判れば、もっと凪が懐いてくれる」 「…犬か、俺は」 「懐いてくれれば、これからもずっと、俺と音楽やってくれるかもしれないだろ?」 呆れた顔の凪に、畳み掛けると。 びっくりしたように、目をまん丸にする。 「俺は、ずっと凪と一緒に音楽やりたい。αとかΩとか、そんなんじゃなくてさ。対等な人間として、一緒にやりたいんだ。バンドはもちろんだけど、たまにはバイオリンとピアノでも。ずっと、俺は凪と同じ音楽の道を歩んでいきたいから」 「そんなの…別に…」 ゴニョゴニョ、となんか呟いて。 ふぅっと長く息を吐くと。 凪は、ふんわりと微笑んだ。 柔らかなその微笑みは まるで固く閉ざしていた蕾が一気に花開いたように鮮やかで 目が離せなくなる 「ホント…奏多って変な奴」 「おい!」 「じゃあ、今度唐揚げ食べたい。作ってよ」 「え?唐揚げ?いきなりハードル高くないか!?」 「なんでもいいって、言ったじゃん」 「それは、そうだけど…」 「おとなしく餌付けされてあげるんだからさ、唐揚げがいい。唐揚げ、好き」 「フライパンも鍋もないのに、いきなり揚げ物かよ…ってか、食べることに興味ないって言ったのに好きなものあるんじゃん」 「え、あるに決まってるだろ?他にも、肉じゃがとか好き」 「肉じゃがか…それなら、なんとか…」 「作れんの?じゃあ、楽しみにしてよっと」 ニコニコと、いつになく上機嫌に笑う凪に。 俺も自然に笑顔が溢れた。

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