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奏鳴曲 4 side奏多

「…忘れるわけ、ないじゃん…」 少しの沈黙の後。 ぽろりと零れるように落ちた言葉は、微かに震えているように聞こえた。 「じゃあ、なんで帰ってこなかった?」 「それは…櫂には関係ないでしょ…」 「関係ないわけないだろ!」 「ちょっ…」 「櫂っ!」 また詰め寄ろうとした弟くんを止めるため、足を踏み出そうとしたら。 一瞬早く、弟くんと凪の間に真白さんが素早く身体を滑り込ませて、弟くんを止めてくれる。 「やめてってば!そうやって怒鳴ったって、なんにも解決しないでしょ!」 「真白は黙ってて。これは、俺たち兄弟の問題だから」 「でもっ!」 「あのっ…!先週、凪、高熱出して寝込んでたんで!」 弟くんが真白さんにも怒りを向け始めたことに、危機感を感じて。 とにかくこの場をなんとかしないとマズイと、俺は咄嗟に大声でそう叫んでいた。 「…え?」 「なんか、大学で変な風邪流行ってて、凪、40度超えの熱が何日も続いてて。だから、部屋から出られなかったんですけど…」 俺の言葉に、弟くんがすっと怒りを引っ込めて。 「…そうなのか…?」 代わりに、心配そうに眉を寄せる。 凪が横目でチラリと俺を見るから、話を合わせとけって目線だけで伝えると。 「…うん」 弟くんに向かって、小さく頷いてみせた。 「大丈夫なのか?それ、本当に風邪か?紫音先生には、診てもらったか?」 「ううん…でも、家にあった解熱剤でなんとかなったから」 「そっか。ごめん、知らなくて」 「いや…俺も、櫂は忙しいだろうからって、連絡しなかったし…ごめん…」 視線を下に落としながら、小さな声で話す凪を、弟くんはさっきまでとは別人のように優しい眼差しで見つめてる。 そうして、穏やかなオーラを纏った弟くんの横顔は、確かに凪によく似ていて。 本当に双子の兄弟なんだと、初めて感じた。 「困ったことがあったら、俺にすぐに連絡しろって言ってるだろ?仕事なんて、どうにでもなる。仕事より、俺は凪の方が大切なんだから」 「…うん…」 「それから、パパには自分で謝っとけよ?めちゃくちゃ心配してたぞ?」 「…うん、わかった…」 弟、なんて言いながら、凪の方が弟みたいに見えたけど。 とりあえずは、なんとか丸く収まりそうだとこっそり安堵の息を吐いてると。 不意に真白さんと目が合って。 真白さんがホッとしたように、笑う。 「今度、二人でお墓参り行こう。いつなら行ける?俺、もう一回休み取るから」 「…いいよ。櫂、忙しいんでしょ?一人で行けるから…」 でも。 「だから、そんなの気にするなって」 「気にするよ。ただの学生の俺と違って、櫂は責任ある立場なんだから…そんなに休んじゃだめでしょ」 「凪…なんでそんなこと言うんだよ…」 凪は弟くんと話している間、ずっと顔を下に向けて目を合わせることはなくて。 暗い影が落ちたようなその横顔を、弟くんは困惑した顔で見つめた。

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