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奏鳴曲 12 side凪(過去編)
「凪…ママに顔、見せてやれるか?」
一頻り、泣いて。
ようやく落ち着いた頃に、パパが僕のぐちゃぐちゃになった顔をハンカチで拭きながら、そう言った。
「笑顔、見せてやれるか?ママのために」
「…うん」
正直、笑顔なんて作れるかどうかわかんなかったけど。
でもパパがそう言う気持ちはすごくわかったから、僕は頷いた。
こんな顔見せたら
きっとママ、悲しむよね…
「…顔、洗ってきてもいい?」
洗面所に連れてってもらって、冷たい水で何度も顔を洗うと、心の中も少し落ち着いて。
鏡に向かって、笑顔を作る練習をしてから、リビングへと戻る。
一斉に僕に向いた視線は、どれもこれも心配そうで。
また涙が込み上げてきそうになったから、僕はいつも通りのパパの優しい微笑みだけを視界に入れて、リビングの奥にもう一つ付いてたドアに向かった。
たぶん、その先にママがいる
「俺も、行くよ」
その時、櫂が僕の隣に駆け寄ってきて。
思わず、びくりと身体が震える。
「いや、今は凪だけだ」
「なんでっ!俺だって凪と一緒にママの側にいたい!」
そんな僕の様子に気がついたのか、パパが硬い声で櫂を制して。
櫂は、まるで駄々っ子みたいに叫んだ。
「みんなで話しかけると、ママが疲れるだろ。おまえも後で呼ぶから」
でも、パパは冷静な声でピシャリと櫂の懇願を断ち切って、僕の背中に手を添える。
「行こう」
力強い手に、促され。
僕は震える足をなんとか動かして、ドアを開いた。
中に入った瞬間、眩しい太陽の光に反射的に目をつぶって。
そろりと目を開くと、海と空が見える一面ガラス張りの部屋の真ん中に、大きなベッドがあって。
そこに、ママがいた。
僕の知ってるママよりも
ずっと小さくなってしまったママが
「おかえり、凪」
大好きな優しい声が、僕を呼ぶ。
「ママっ…」
一瞬で、涙が溢れそうになって。
慌てて、奥歯を噛み締めた。
ダメ
泣いちゃダメだ
強く自分に言い聞かせて、無理やり笑顔を作る。
「ただいま」
声が震えるのを、必死にお腹に力を入れて堪える。
「…おいで」
ママが笑顔のまま、僕へと手を伸ばす。
震える足を、無理やり動かして。
ベッドのすぐ横に置かれた椅子に、座った。
「ごめんね、遅くなっちゃって。でも、宮古島って案外東京から近いんだね?僕、もっとすごーく遠いのかと…」
「…凪」
なにか話してないと、子どもみたいに泣き出してしまいそうで。
必死に言葉を紡ぐ僕の頬に、ひんやりと冷たいママの手が触れる。
「無理して、笑わなくていいよ」
穏やかで優しい、それでいてすごく儚い微笑みを浮かべて。
「ごめんね…凪…」
少し掠れた声で、ママがそう言った瞬間。
必死に抑えようとしてたものが、溢れた。
「ママぁっっ…」
思わず、ママの胸に飛び込んでしまった。
「ごめんなさいっ…ごめんなさいっ…」
「…ごめんね…凪、ごめんね…」
何度も謝りながら抱き締めたママの身体は。
知らない人みたいに、小さかった。
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