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奏鳴曲 13 side凪(過去編)
「その後、あの子とはどうなったの?えっと…ルシファーくん、だったっけ?」
「ああ、あいつね。別にどうもなってないよ。相変わらず、自分がαだってこと鼻にかけて、僕をバカにしてくるし。なのに、この間のテストは僕の方が上だったからさ、いつものお仲間たちに当たり散らしてた。そういうの、万国共通なんだね。バカみたい」
「…凪は、すごいね。強いなぁ」
「別に強くなんてないよ。でも、僕のピアノはママのピアノだから。絶対、あんな奴らにバカにされたくないもん」
強く言い切ると、ママは優しく微笑んで。
僕の頭をそっと撫でてくれた。
「ねぇ、ママ。元気になったら、連弾しよ?僕、またママとリベルタンゴ弾きたい」
でも、僕の願いにはただ微笑みを浮かべるだけで、頷いてはくれない。
そのことが、また胸を苦しくさせる。
「ママ…お願い…」
「俺はもう指が鈍っちゃってるから、凪にはついていけないよ」
返事を懇願すると、そう言ってするりと躱されてしまって。
「そんな事言わないで…お願いだよ…」
それでも、しつこく食い下がったけど。
「凪、そろそろママを休ませてあげてくれ。あまり話すと、疲れてしまうから」
パパに、話をぶった斬られてしまった。
「え、もう…?」
まだ話してないこと
いっぱいあるのに…
「…ごめんね、凪…」
謝るママの声は、ヒドく弱々しくて。
顔も、ヒドく疲れているように見えて。
「ううん。また後で聞いて?話してないこと、まだいっぱいあるから」
僕は無理やり笑顔を浮かべるしかなかった。
「わかった」
ママが頷いてくれたことに、少しだけホッとして。
僕はママの部屋を出る。
ドアが閉まった途端、身体中から力が抜けて。
その場にペタンと座り込んでしまった。
「凪っ!」
櫂が側に駆け寄ってくる気配を感じたけど、床に落とした視線を上げることが出来ない。
「大丈夫かっ!?」
…大丈夫か、だって…?
「…そんなわけ、ないでしょ…」
あんなママを見て
大丈夫なわけない
だって嫌でも突きつけられた
ママの命の灯火が
もう消えかかっていること
「…ひとりにして」
もう何も考えたくなくて。
ここにいたくなくて。
僕はふらふらと力の入らない足をなんとか動かして、その家を出た。
家を出ると目の前に広がるのは、静かに凪いだ碧い海。
ママの大好きな海
なぜあの住み慣れた街ではなくて、この場所なのか、それが嫌でもわかってしまって。
膝を抱えて座り込み、頭をそこに乗せた。
海を視界に入れないように
目を閉じると、瞼の裏からママとの思い出が洪水のように溢れてきて。
また涙が出た。
「…っ…く…うぅっ…」
声を押し殺して泣いてると、空気がふわりと動いた。
そっと横目で気配のする方を見ると、那智さんが隣に座って海を眺めている。
「…なに。慰めにでもきたの?」
「別に。海が見たかっただけだ」
「そんなの、ここでなくてもいいじゃん」
睨んでも、那智さんは知らんぷりで海を見つめ続けてて。
僕はこの人が嫌いだ
男のΩだけを集めたクラブで
ママを働かせてた人
あんなに綺麗なママに
ホストみたいなことさせてお金を稼いでた人
ママがこの人のこと大切な人だって言ってても
僕はこの人が嫌いだった
だけど…
「…綺麗な海だな…」
なんでだろう…
今は隣にいても嫌じゃない
むしろ安心感さえ感じる
それは
この人がママと同じΩだからなのかな…?
「…っ…」
一度止まったはずの涙が、また溢れて。
涙が枯れるまで泣いてた僕の隣に、那智さんはただ黙って寄り添っていた。
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