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奏鳴曲 14 side凪(過去編)

その日は結局、それ以上ママと話すことは出来なかった。 ママの側には、片時も離れずにパパがいて。 僕たちがママに会うには、パパが呼んでくれるのを待つしかなかったんだけど、あれからママの部屋のドアが開くことはなかったからだ。 夜になり、小さな家だったから客間は一つしかなくて、その部屋にギチギチに布団を敷き詰めて、7人で寝た。 でも、身体は疲れてるはずなのに、眠気なんて全然やって来なくて。 ママに会いたいな… 話なんてしなくてもいい ただ側にいるだけでいい ママの寝顔を見られれば、それで… 居ても立ってもいられず、そっと布団から這い出して、ママがいる部屋へと向かう。 寝てるかも…と思いつつ、ドアをノックしようとすると。 中から話し声が聞こえてくるのに気がついた。 ママ、起きてる…? 思わず、ドアに耳を当てる。 「あの時、俺が手を離さなければ…」 聞こえてきたのは、パパの声。 「蓮くん、そのことは、もう…」 「わかってる。でも、考えずにはいられないんだ。あの時、俺が楓を連れてどこかへ逃げてれば、あんな酷い目に合わせずにすんだ。抑制剤の被験者なんて、そんなことさせずにすんだ」 「蓮くん…」 「俺が…子どもが欲しいなんて言わなければ…ここまで心臓が弱ることもなかった…」 低く抑えた声が紡いだ言葉が耳に飛び込んだ瞬間。 ドクッと心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走った。 …今…なんて…? パパは、なんて言った…? 僕が生まれなければ ママはもっと生きられた…ってこと…? 「蓮くん。それは、違う」 「わかってる!でもっ…俺たちが運命の番じゃなくて、本当の兄弟でもなかったら、おまえはもっと長く生きられたんじゃないかって…」 え…? 本当の、兄弟…? どういうこと…? パパとママは、従兄弟、なんじゃないの…? じゃあ… 僕と櫂は……… 「…蓮くんは、嫌だった?俺が蓮くんの異母兄弟で、運命の番だったこと」 「嫌なわけないっ!でもっ…」 「だったら、そんなこと言わないで。だって俺には、何一つ後悔なんてないよ。蓮くんと兄弟で生まれたこと、蓮くんの運命の番だったこと。蓮くんと愛し合って、あの子達を授かったこと」 「わかってる…わかってるんだ…でもっ…俺は…おまえを失いたくないっ…」 「蓮くん…俺の命は本当はあの時に朽ちてたはずだった。蓮くんと再会できた、あの時に。あの江の島の海で、消えるはずだったんだ」 「…楓…」 「それなのに、蓮くんがたくさん愛してくれて…俺も、命の限り、君を愛して…大切な大切な宝物の、あの子達を授かる事ができて…俺にはもったいないくらいの大きな幸せを、蓮くんからもらった。俺は、俺の人生をもう十分生きたよ。だから…」 「嫌だっ…お願いだ、楓…いかないでくれ…俺を、独りにしないでくれ…」 啜り泣きが、聞こえてくる。 初めて聞く、パパの泣いてる声。 心臓が、痛い 息が、苦しい ママが死んじゃうのは 僕のせい…? 「…ごめんね…」 ママの声も、涙混じりで。 「俺も…本当は、蓮くんと離れたくないよ…」 「…楓…」 「だから…約束して…俺が死んでも…絶対に他の人を番にしないって」 微かに聞こえた言葉は、鋭い矢のように僕の心に突き刺さった。 「俺が死んでも、俺だけを愛して。他の人なんか見ないで。俺だけが、蓮くんの番だから…」 ママの声は、そこで一度途切れて。 「…わかってる、楓…」 今度はママの啜り泣く声が聞こえてくる。 「ごめん…ごめんね、蓮くん…ごめん…」 重なる、2人の泣き声を聞きながら。 僕はぐちゃぐちゃの心を抱いて、そこに蹲ったままいつまでも動けなかった。

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