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奏鳴曲 19 side凪
「…ごめん。急に、取り乱して…」
しばらくして、気持ちが落ち着くと。
途端に羞恥心が湧きがってきた。
なにやってんだろ、俺…
「いや、俺は全然いいけど…大丈夫か?俺、帰った方がいいか?」
「ううん、大丈夫。それより、曲、聴かせて?」
無理やり笑顔を作ってみせると、奏多は心配そうに眉をへの字に曲げたけど。
また何も聞かずに、アイコンをクリックした。
ジャン、とギターとドラムの音が響いて。
続いてキーボードの細かい旋律がギターを追いかけるように乗っかってくる。
曲のベースはメジャーコード進行になってるけど
メロディーラインはフラットを多用してる旋律で
爽やかなのにどこか切なさが漂っている曲
「どう?」
曲が終わると、奏多がまるでコンテストの結果を待つような神妙な面持ちで聞いてくる。
「いいね。かっこいいじゃん」
「マジで!?よかったー!」
そう答えると、本当に嬉しそうに破顔して。
俺も、釣られて笑みがこぼれた。
「っていうか、もう全部出来てんじゃん。俺、てっきりメインの旋律だけかと思ってたのに、仕事早すぎない?」
「いやー、昨日凪に電話した時は、まだメロディーしか出来てなかったんだけどさ。なんか、気分が乗っちゃって…実は徹夜で作った」
「え…そうなの!?」
「そうなの。俺、すごくない?」
褒めてもらいたくてハフハフしてるワンコみたいな顔で、見つめるから。
「うん、すごいすごい」
素直に褒めてやったら、子どもみたいにニカッと笑う。
その屈託のない姿に、トクンと心臓が揺れた。
ホント
ストレートなやつ…
「よし!じゃあとっとと夏生に送って、歌詞書いてもらうか!」
「え?歌詞は夏生なの?」
「うん」
「作詞も作曲も、全部奏多がやってんのかと思ってた」
「あー、最初はそうだったんだけどさ…なんか、俺が書くとイマイチなんだよな…夏生いわく、全部がポジティブ過ぎて、万人に響かないとかなんとか…」
「なるほど…わかるわ。奏多って、悩みなさそうだもんね」
「ひどっ!俺だって悩みくらいあるわ!」
「例えば、どんな?」
「うーん…」
「…ないんじゃん…」
まぁ
そこが奏多のいいとこだけどね
俺にはないその
あっけらかんとしたポジティブさが
呆れるほどに真っ直ぐな心が
ひどく羨ましいと思う
「…っていうかさ。凪と夏生って、どんな関係?」
腕組みして自分の悩みを悩んでた奏多が、突然そんなことを聞いてくる。
「は?突然、なに?」
「前から気になってたんだよな。あいつ、ちょいちょい自分は凪のことわかってる、みたいな雰囲気出すしさ…そういう時、なんかちょっと悔しい」
「なんで、悔しいんだよ…」
「だってさ、俺だってもっと凪のこと知りたい。もっと、凪と分かり合いたい。出会った時からずっと、そう思ってるから」
曇りのない、透き通った素直な眼差しが、俺を捉えて。
また、心臓がトクンと揺れた。
俺たちが本当に分かり合えることはない
そんなのわかってる
俺たちがαとΩである限り
本当に対等な関係になんてなれるはずがないってことも
けど
なぜだろう
その言葉にこんなにも心が震えるのは…
「…夏生のお母さん、Ωだって知ってる?」
「ああ、うん」
「だから、夏生は普通の人よりΩに理解があるからさ。入学当時から俺のこと、ずっと気に掛けてくれんの。俺、こんなだし、あの大学でΩって俺だけだから、近寄ってくる人なんていなかったんだけど、夏生は自分から寄ってきてくれて。体調が悪い時とか…ヒートの時、とか…頼まなくても授業のノート取っておいてくれたりして…いろいろ助かってる。だから俺も、ついつい人には言えないこと夏生には言っちゃうんだよね」
「…そっか」
「うん。今は、夏生がいてくれてよかったと思ってる」
最初はウザいとしか思わなかったけど、俺がどんなに冷たくあしらっても、夏生はめげずに俺を助けようとしてくれた。
それに、夏生が奏多に引き合わせてくれたから、今こうして楽しいと思える日々を送れてるわけだし…。
…ん?
楽しい…?
そっか
俺、今、楽しいのか…
そんなの感じたの
いつぶりなんだろう………
「じゃあ、俺は?」
「…は?」
自分の心の声に集中してたから。
「俺も、いてよかったと思ってくれる?」
問われたその瞬間の俺は、全くの無防備で。
「うん、思ってるよ。奏多がいてくれて、よかった」
うっかり、心の中を晒してしまって。
「そっか」
俺の言葉に、奏多は本当に嬉しそうに笑った。
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