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奏鳴曲 20 side凪
その後、その新しい曲を早速二人で練習して。
夕方くらいになってお腹が空いたから、奏多が約束の肉じゃがを作ってくれた。
出来上がったのは、想像してたより遥かにちゃんとした肉じゃが。
じゃがいも、人参、玉ねぎ、肉としらたきの他に、ちゃんと彩り用の絹さやまで入ってる。
「え…すごい、美味しそう」
「え、ってなんだよ!」
「いや、こんなにちゃんとしたのが出てくると思わなかったから」
「失礼だな!ちゃんと作れるって言ってただろ」
「そうだけど…」
「信じてなかったんかい…」
そういえば、お母さんが忙しいから、よく夕飯の準備してるって話、してたような…?
「ほら、温かいうちに食べようぜ。本当はご飯も炊きたかったけど、仕方ないからおにぎり買ってきた」
「ありがと。じゃあ、いただきます」
コンビニのおにぎりを受け取り、手を合わせて。
ホクホクのじゃがいもを口に入れた。
「うまっ」
少ししょっぱめの味付けが、ママの作る肉じゃがとは少し違ったけど。
すごく、美味しかった。
「ホントに?よかった」
それまで少し不安そうにしていた奏多は、俺の反応を見て安心したみたいにガツガツと食べ始める。
「家でよくご飯作るの?」
「いや、母さん今は会社員だから、そんなには。でも昔は朝と夜のパート掛け持ちしてたから、小学校の高学年くらいから俺が夕食担当だっただけ」
「そんな頃から?すごいね」
「別にすごくないよ。だってやらないと自分が食いっぱぐれるからさ。今は、作れる時に作れる方が、って感じ。俺も練習とバイトで忙しいし、別々に食べる時も多いかな」
「ふーん」
「そういう凪は?一人暮らしなのに料理出来ないってヤバくね?」
「別に出来ないわけじゃないよ。めんどくさいからやらないだけ」
「そうなの?ってか、凪ってどこの出身なの?」
「え?どこって、東京だけど?家もそんな遠くないし」
なにも考えずにさらっと答えてしまって。
次の瞬間、奏多が微妙な顔になったことに、失言したことを悟った。
ヤバ…
これ絶対家庭内不和とか思ってる顔じゃん
「…別に、奏多が思ってるようなことじゃないよ。パパは今、南の島のリゾート会社の社長してるからそっちにいるし、実家は櫂と真白さんが住んでるから…ラブラブバカップルと一緒じゃ、居心地悪いでしょ。それだけ」
別に言い訳なんかしなくてもよかったんだけど。
なんとなく奏多には余計な誤解をして欲しくなくて、事実とフィクションを交えた言い訳を口にする。
変に心配する事実を与えたら
まためんどくさいこと考えそうだし…
「そっか。でも、お父さんリゾート会社の社長ってカッコいいな!しかも南の島って、羨ましい」
「なにがだよ」
「だって、南の島でバカンスとか、タダなんじゃないの?」
「そんなものしないし。ってか、考えるのそこなの?奏多ってαのくせに考え方セコくない?」
「セコ、って…言い方!倹約家と言ってくれ!」
「あ、ごめん」
「はぁ…凪って、ちょいちょいαに対して変な偏見あるよな…」
「別に偏見じゃない。だってパパや櫂はそんな考え方しないもん」
「そりゃ、あの若さでフェラーリに乗る金持ちはセコくないだろ!それは、αだからどうとかじゃなくて、育ちの違いじゃね!?」
「…なるほど」
「っていうか…あいつが金持ちなら、凪もそうなんじゃん…どうりで話が合わないわけだ…」
がっくりと項垂れるから、なんとなく手を伸ばして頭をぽんぽんと叩いてみた。
「αなのに庶民派の奏多、俺はいいと思うよ?」
「雑な慰め、いらないから…」
食器の片付けを終えてリビングに戻ると、奏多はラグの上に寝転んで、寝息を立てていた。
「徹夜したって、言ってたっけ…」
その横に物音を立てないようにして座り、子どもみたいな無垢な寝顔を覗き込む。
「…ごめん、ね…」
ちゃんとわかってるよ
俺が奏多の優しさに甘えてるんだってこと
なんで俺が急に奏多の胸に飛び込んだのか気になってるだろうし
家族の話で一瞬言葉に詰まったこともたぶんわかってる
それなのに
あえて何も聞かないでいてくれる
俺のために
「…ごめん…」
本当は
奏多の気持ちだってわかってるんだ
だってすごくわかりやすいんだもん
その気持ちが
嬉しくないといえば嘘になる
でも…
今はこのままの関係でいたいんだ
バンドの仲間で
一番親しい友だち
ずるい人間だって思う
最低なことしてるってわかってる
でも
それでも俺は
心地良いこの距離を崩したくない
優しい奏多の気持ちを踏み躙っても
崩してしまったら、俺は……
「ごめん…ごめんね…」
思わず伸ばしてしまった手を、触れる前にぎゅっと握り締めて。
涙が溢れないように、奥歯をきつく噛み締めた。
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