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奏鳴曲 22 side凪
【ご飯食べに行こうよ。いつなら空いてる?】
チケットのことを櫂に連絡しようか悩む暇もなく、まるでどこかから俺のことを見ていたかのようなタイミングで、真白さんからメールがきた。
一ヶ月に一度はくる定期連絡のようなそれを、いつもは三日くらい放置した挙げ句、誘いに乗るのは二回に一回程度なんだけど。
【いいよ】
今回はなんとなく、すぐに了解の返信をすると。
【ホント?じゃあいつにしよう?明日とか?】
秒できたメッセージに、つい溜め息が漏れる。
どいつもこいつも…
せっかち過ぎだろ…
せっかち日本代表みたいな奏多の顔を思い浮かべると、無意識に落ちた気分がほんの少しだけ上がって。
【明後日の夜なら】
たまたまバンドの練習のない日を教えたら。
【了解!じゃあ、いつもの駅前で!何食べたいか、考えといてね】
また秒で返事がきた。
早すぎ…
っていうか、あの人いつも俺が提案した日でオッケーだけど、幼稚園の先生ってそんなに暇なのかな…?
腹立たしいほど爽やかな真白さんの笑顔を思い浮かべつつ、俺はまた溜め息を落とした。
「凪くんっ!」
改札から出た瞬間、大声で呼ばれて。
思わず、顔を顰める。
「あのさ…いつも大声で呼ばなくてもわかるから」
近付き、文句を言うと。
「ごめん、ごめん。なんか嬉しくて、つい、ね」
そう言いながらも、俺の文句なんて大して気にしてなさそうに笑った彼の首には、相変わらず黒のチョーカーが着けられていて。
反射的に、目を逸らした。
「どこ行く?何食べたい?」
「なんでもいい」
「えー、決めといてって言ったでしょ」
並んで歩き出した俺たちに、行き交う人々がジロジロと好奇の目を向ける。
そりゃそうだ
こんなあからさまなΩが2人並んで歩いてたら
誰だって気になるに決まってる
「じゃあ、職場の人がオススメしてくれた店にしよっか」
「職場の人って…あんたの同僚、みんな女でしょ。またオシャレカフェとかじゃないの?」
「正解!パスタが美味しいんだって」
「…ヤダ」
「なんで?」
「居酒屋がいい。なんか、飲みたい気分」
「珍しいね。凪くんがお酒飲みたいなんて」
「嫌なら、帰るけど」
「嫌だなんて言ってないでしょ!ん、もう…兄弟揃ってせっかちなんだから…」
「…あんたに言われたくない」
「え?どういうこと?」
「…わかんないなら、いいよ」
「ねぇねぇ、君たちΩだよね?もし暇なら俺たちと…」
のんびり歩いてたら、突然、見知らぬ男3人組に前を塞がれた。
けど。
たぶんαなんだろうなって感じの、下心ミエミエで話しかけてきた男は、真白さんに近付くなり顔色を変える。
そりゃそうだろ
この人には櫂のフェロモンの香りが付いてる
普通のαなら尻尾巻いて逃げ出すくらいの
強烈な匂いが
「ごめんなさい。全く暇じゃないんで」
「あ、そ、そうですよね?失礼しましたっ」
真白さんが営業スマイルを貼り付けて答えると、男は逃げるようにその場を去って。
「お、おい、なんだよっ!せっかく可愛い子たちだったのに!」
後ろにいた、どうやらβだったらしい雑魚2人も、慌ててそれを追いかけて遠ざかって行った。
「全く…ホント、凪くんと歩いてると変なのが近寄ってくるよね。一人の時に声かけられても、ついて行っちゃダメだからね?」
その情けない後ろ姿をぼんやりと見つめてると、さっきまでのスマイルはどこへやら、真白さんが頬を膨らませて怒りながら俺に釘を刺してくる。
「ついて行かないよ。あんたのとこの幼稚園児じゃあるまいし」
「うちの子たちだって、変な人にはついて行かないよ!」
「そんなことより、あんなのに声かけられたってバレたら、また櫂が怒るんじゃないの?」
そう言うと、今度は顔を青白くさせて。
「凪くん、お願い!櫂には内緒にしてて!」
両手を合わせて、俺を拝んだ。
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