61 / 61

奏鳴曲 23 side凪

俺は普通のザワザワした居酒屋の普通の席が良かったのに。 真白さんが連れてきたちょっと高級そうな店で、奥の完全個室に通された。 「それでは、失礼いたします」 最初の注文を取った店員が、丁寧に頭を下げてドアを閉めると、外の音は何も聞こえなくなって。 思わず、溜め息が出る。 「どうしたの?溜め息吐いて」 「…俺は普通のとこでよかったのに」 「ここ、よく櫂と来るけど、お料理もすごく美味しいからオススメなんだよ?絶対凪くんも気に入ると思う」 「そういうことじゃ、ないんだけど…」 「だって、普通の居酒屋に凪くんを連れていったなんてバレたら、櫂、烈火のごとく怒るもん」 「違うでしょ。俺じゃなくて、あんたがそういうとこに行くのが嫌なだけでしょ、あいつは」 もう一度、大きく息を吐き出して。 「そんなに嫌なんだったら、さっさと番にすればいいのに」 そう口にすると、真白さんは困ったように眉を下げた。 「…いいの。僕たちはもう少しこのままで」 「そんなわけないでしょ。運命の番だってわかってから、もう10年近くだよ?それなのに、まだ番ってないって異常だよ」 「それは…櫂が決めることだから」 「俺に遠慮してるんでしょ?そういうの、本当に迷惑なんだけど」 憐れみを含んだような眼差しに、イラッとして。 「あんたらが番おうが番わないでいようが、俺はどうせ独りだし。だったら、さっさと番っちゃってよね。あんたらが番わないのも結婚しないのも、全部俺のせいみたいで気が悪いんだよ」 つい、早口で捲し立ててしまう。 瞬間、真白さんが泣きそうな顔をして。 自分が言ってはいけないことまで言い過ぎたことに、気が付いた。 反射的に顔を伏せると、うなじの跡がチリリと微かな痛みを訴える。 「…ごめん。言い過ぎた」 それがまるで、あの人に怒られたみたいな気がして。 小さな声で、謝ると。 「ううん」 真白さんも小さな声でそう言ったっきり、重苦しい沈黙が落ちた。   だから嫌なんだよ… この人といると 自分がいかに卑屈で最低な人間かを思い知らされる 本当は 俺こそが二人を祝福してあげなきゃいけないって 頭ではわかってるのに… 「…凪くん」 うっかり誘いになったことを心底後悔していると、真白さんの手が伸びてきて、そっと俺の手に重なる。 「凪くんは、独りじゃないよ?」 ぎゅっと握ってきた手は、温かくて。 「櫂は、ずっと凪くんのこと考えてるよ?蓮さんだって、そう。ただ、二人とも不器用だから、上手く言葉や態度に表せないだけだと思う。心は、ずっと凪くんの側にいるよ、絶対に」 まるで子どもに言い聞かせるような声は、ひどく優しくて。 そんなわけない だってパパを見てたからわかる 運命の番なら 子どもより兄弟より番の方が大切なんだ 子どもさえいらないと思うほどに そんなの嫌という程わかってるのに 「みんな、凪くんのことを大切に思ってるよ」 染み入るような声に、心が震えて。 目の奥が熱くなって、俺はぎゅっと強く目を閉じた。

ともだちにシェアしよう!