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奏鳴曲 23 side凪
俺は普通のザワザワした居酒屋の普通の席が良かったのに。
真白さんが連れてきたちょっと高級そうな店で、奥の完全個室に通された。
「それでは、失礼いたします」
最初の注文を取った店員が、丁寧に頭を下げてドアを閉めると、外の音は何も聞こえなくなって。
思わず、溜め息が出る。
「どうしたの?溜め息吐いて」
「…俺は普通のとこでよかったのに」
「ここ、よく櫂と来るけど、お料理もすごく美味しいからオススメなんだよ?絶対凪くんも気に入ると思う」
「そういうことじゃ、ないんだけど…」
「だって、普通の居酒屋に凪くんを連れていったなんてバレたら、櫂、烈火のごとく怒るもん」
「違うでしょ。俺じゃなくて、あんたがそういうとこに行くのが嫌なだけでしょ、あいつは」
もう一度、大きく息を吐き出して。
「そんなに嫌なんだったら、さっさと番にすればいいのに」
そう口にすると、真白さんは困ったように眉を下げた。
「…いいの。僕たちはもう少しこのままで」
「そんなわけないでしょ。運命の番だってわかってから、もう10年近くだよ?それなのに、まだ番ってないって異常だよ」
「それは…櫂が決めることだから」
「俺に遠慮してるんでしょ?そういうの、本当に迷惑なんだけど」
憐れみを含んだような眼差しに、イラッとして。
「あんたらが番おうが番わないでいようが、俺はどうせ独りだし。だったら、さっさと番っちゃってよね。あんたらが番わないのも結婚しないのも、全部俺のせいみたいで気が悪いんだよ」
つい、早口で捲し立ててしまう。
瞬間、真白さんが泣きそうな顔をして。
自分が言ってはいけないことまで言い過ぎたことに、気が付いた。
反射的に顔を伏せると、うなじの跡がチリリと微かな痛みを訴える。
「…ごめん。言い過ぎた」
それがまるで、あの人に怒られたみたいな気がして。
小さな声で、謝ると。
「ううん」
真白さんも小さな声でそう言ったっきり、重苦しい沈黙が落ちた。
だから嫌なんだよ…
この人といると
自分がいかに卑屈で最低な人間かを思い知らされる
本当は
俺こそが二人を祝福してあげなきゃいけないって
頭ではわかってるのに…
「…凪くん」
うっかり誘いになったことを心底後悔していると、真白さんの手が伸びてきて、そっと俺の手に重なる。
「凪くんは、独りじゃないよ?」
ぎゅっと握ってきた手は、温かくて。
「櫂は、ずっと凪くんのこと考えてるよ?蓮さんだって、そう。ただ、二人とも不器用だから、上手く言葉や態度に表せないだけだと思う。心は、ずっと凪くんの側にいるよ、絶対に」
まるで子どもに言い聞かせるような声は、ひどく優しくて。
そんなわけない
だってパパを見てたからわかる
運命の番なら
子どもより兄弟より番の方が大切なんだ
子どもさえいらないと思うほどに
そんなの嫌という程わかってるのに
「みんな、凪くんのことを大切に思ってるよ」
染み入るような声に、心が震えて。
目の奥が熱くなって、俺はぎゅっと強く目を閉じた。
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