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奏鳴曲 25 side凪

そしてやってきた、ライブ当日。 「やべーっ!ちょーお客さん入ってるんだけどっ!」 こっそり客席を見に行っていた賢吾が、興奮気味に帰ってきた。 「マジで?」 「マジで!今までで一番かも!」 「うわ、ヤバ…緊張する…」 夏生と賢吾の会話を聞くとはなしに聞いてると、手に持ってたスマホが震えて。 【来たよー!楽しみにしてるね!】 真白さんからのメッセージと、ぎっしり人の埋まったライブハウス内の写真が送られてきた。 いちいち送ってこなくていいっての! 俺まで緊張しちゃうじゃん! 「凪も、緊張してる?」 不意に後ろから奏多の声がして。 慌ててスマホの画面を隠す。 「ん?なんかあった?」 「ううん、なんでも。別に、緊張なんてしてないよ…って言いたいけど、実はめっちゃしてる」 いつもより早いリズムを刻む胸に手を当てると。 奏多はちょっとびっくりした顔をした。 「へぇ…凪でも緊張するんだ?」 「そりゃ、するよ。これでも一応人間なんで」 言ってから、アンドロイドなんて言われたことを実は気にしてたのか、って自分でわかって。 「人間?なにそれ?」 「なんでもない」 つい、夏生を横目で睨むと。 夏生は悪びれた様子もなく、ぺろっと舌を出す。 「なんだよぉ、俺にも教えろよ」 「なんでもないってば。そういう奏多は、全然緊張してなさそうだね」 「んなことないよ。めちゃめちゃ緊張してる」 「嘘だ。そんなふうには見えないよ」 なんだか楽しそうな奏多は、緊張してるというより遠足に行く前の子どもみたいな顔してて。 「むしろ、なんかワクワクしてるって顔」 そう指摘してやると。 ちょっとだけ考えた後、屈託のない、夏の太陽みたいな鮮やかな笑顔になって。 その笑顔に、ドキッと胸が跳ねた。 「確かにそうかも。緊張もしてるけど、それよりワクワクが大きいかな。だってさ、ようやく俺と凪の音楽、みんなに聴いてもらえるんだぞ?これが楽しみじゃないわけないじゃん」 熱い眼差しが、真っ直ぐに俺の中に入ってきて。 鼓動が、さらに早くなる。 「おーい!俺と賢吾もいるぞー」 「俺たちのこと忘れないでー」 奏多の視線に縛られて、息も出来ないでいると、横から夏生と賢吾の呆れた声が飛んできて。 「あ、忘れてたわ」 ふいっと奏多の視線がそっちに向いて、ようやく息が出来た。 なに、今の… 「ヒドい。ホント、奏多って友達甲斐のないやつ!俺なんて、幼稚園の頃からの付き合いなのに!」 「俺は2年だけど、凪よりは長い」 「ごめんって。でも、おまえらとはもうずっと一緒にやってきたんだし?」 「だったら、4人の音楽、でいいじゃん!」 「あ、そっか。なるほど」 「…奏多って、ホント凪のことしか頭にないんだね…」 3人が騒いでるのを聞きながら、早鐘を打ち続ける心臓を、服の上からぎゅっと掴む。 なに、これ… こんなの、知らない… なんで、こんな…… 「おまえら、そろそろスタンバイしてくれー」 その時、圭人さんが楽屋に顔を出して。 またバクンと心臓が跳ねた。 身体が、思うように動かない。 ヤバい どうしよ、俺… こんなんじゃ上手く弾けない 3人の迷惑になっちゃう…… 「凪」 銅像みたいにその場に立ち尽くしていた俺に、奏多が近づいてきて。 「ちょっと、ごめんな」 俺の顔を見つめながら、なにかを謝った次の瞬間。 俺は奏多の腕の中にいた。 「…っ…」 「大丈夫。いつものコンクールと同じだよ。凪の音を奏でるだけでいい」 大きくて優しい手が、俺の背中をゆっくりと擦る。 微かに香る爽やかなフェロモンが、俺を優しく包んでくれる。 トクントクンと規則的に打つ鼓動が、ゆっくりと俺の心臓を同じリズムにしてくれて。 心地良い… なんでだろ… さっき見つめられた時はすごくドキドキしたのに なんで腕の中はこんなに心地良いんだろ… しばらく抱き締められてると、気持ちが落ち着いてきて。 「…ありがと。も、だいじょぶ」 ポンと背中を叩くと、奏多はゆっくり離れていった。 顔を上げると、優しい眼差しで微笑んでくれる。 「二人とも、急がないとヤバイよ!」 ドアの外から、夏生の少し焦った声が飛んできて。 「じゃ、行くか」 「うん」 差し出された手を、俺は強く握った。

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