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奏鳴曲 26 side凪

照明の落とされたステージにスタンバイすると、また緊張が少し高まったけど。 横を見ると、奏多がいて。 その向こうに賢吾と、後ろに夏生がいて。 今まで何度もコンクールなんかのステージには立ってきたけど そこでは当たり前にいつも独りだった それが心細いなんて思ったことはなかったけど こうして仲間が同じステージに立ってることが こんなに心強いことだなんて知らなかった 大丈夫 みんながいれば きっと大丈夫 心の中で呟くと、まるでそれが聞こえたみたいに奏多がこっちを見て。 暗いから表情はよく見えなかったけど、俺に向けて立てられた親指が、大丈夫って言ってくれてるみたいで。 ふわりと緊張が緩んだ瞬間、ぱっと照明が点いた。 眩しさに思わず目を閉じて。 ゆっくりと開いた目に飛び込んできたのは、会場を埋め尽くしたお客さんの顔。 こんなに客席が近いのは初めての体験だったから、一瞬頭が真っ白になったけど。 夏生のスティックがカウントを取って。 奏多のギターと賢吾のベースが鳴り響き、お客さんの歓声が上がった瞬間、一気に音の世界へと引き戻されて。 いつの間にか震えの止まった指でキーボードを弾いて、俺もその音の世界へと飛び込んだ。 「どうも。BLUE MOONです。今夜はみんな、来てくれてありがとう」 一曲目が終わると、奏多がマイクで客席に向かって声をかけた。 「みんなもめちゃくちゃ気になってるであろう、新しいメンバーを紹介します。キーボードの、凪!」 名前を呼ばれて、事前の打ち合わせ通り、鍵盤を適当に弾くと。 「なぎーっ!」 客席から、黄色い声で早速名前を呼ばれて。 恥ずかしくて、どういう顔していいか分からなくなって、思わず奏多を見ると、なんでか笑いを堪えてる顔。 あいつ… 終わったら殺す! ギロリと睨むと、そのままの顔で肩を竦めて。 「これから、この4人で頑張ってくから、応援よろしく!」 また客席に向かって声をかけると、わあっと一際大きな歓声が上がった。 「じゃあ、次の曲。今回のライブのために作りました。まだ見ぬ世界へ」 次の曲名を奏多が口にすると、また夏生がスティックを鳴らして。 奏多と同時に息を吸って、同時に音を奏でる。 瞬間、重なった音に、ざわりと鳥肌が立った。 今の感じ… 奏多のバイオリンの試験の日と同じ… 奏多の音と俺の音が 等しく重なりあって 全く新しい音が生まれる でも違う 今日は2人だけじゃなくて 賢吾と夏生の音も混ざり合って 4人が 4人だけで奏でられる音が生まれる それは生まれて初めて感じる感覚 まるで音のシャワーを浴びてるみたいに いろんな音が俺を包みこんできて ああ… なんて楽しいんだろう… 音楽ってこんなに楽しいものだったっけ…? その瞬間。 奏多の歌声に重なって。 ママの声が聞こえた。 『凪…楽しい?』 それは俺がピアノ教室に通い始めた頃。 それまでママと楽しくピアノを弾いてるだけだった俺は、厳しい先生に基礎からやり直せとひどく怒られて。 泣きながら練習していた、あの日の声。 『楽しくないんだったら、止めてもいいんだよ?ピアノじゃなくてもいい。ママは、凪が心から楽しいって、そう思うことやって欲しいから』 うん…ママ… 音楽、楽しいよ… 俺、今心からそう思うよ… 降り注ぐ結晶が 街を白に染めるように 僕の願いが 君の叫びが 重なり合い 降り積もって 世界を違う色に染め上げる さあ行こう 光に満ちた まだ見ぬ新しい世界へ 奏多の力強い歌声に手を引かれて。 俺の目の前に広がるのは、見たことのない新しい世界だった。

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