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哀歌(エレジー) 1 side奏多
クリスマスライブは大盛況で、俺たちの動画チャンネルの閲覧数も登録者数も一気に増えた。
気を良くした圭人さんの計らいで、続けてバレンタインライブも行い、それもたくさんのお客さんに見に来てもらえて。
凪の加入以降、俺たちのバンド活動は飛躍的に勢いと熱さを増していった。
凪はあのクリスマスライブの後の一件以来、弟くんとは全く連絡を取っていないようだった。
心配した真白さんが二人を仲直りさせようと、なんかいろいろ画策してるようだけど、二人は全く歩み寄る気配はないらしい。
俺には兄弟がいないから、それがいいのか悪いのかよくわからないけど…なんでか、すっきりした顔してる凪を見てたら、俺たち外野が口を挟める問題じゃないのかなって思う。
そして季節は流れ、4月。
俺と凪、夏生の3人は、3年生に進級した。
「奏多、お待たせ。席取り、ありがと」
大学のカフェテリアで、殆ど葉っぱだけになってしまった桜の木をぼんやりと見ていると。
夏生と凪が連れ立ってやってきた。
向かい側に腰を下ろした2人の手には、それぞれのランチを乗せたトレイ。
夏生はかき揚げそばで、凪は唐揚げ定食だ。
「また唐揚げ?好きだな」
「そういう奏多こそ、いつもコロッケカレーだよね」
「これが一番コスパがいいんだよ。安いし、腹一杯になる」
「さすが、庶民派α…」
「うるせー、金持ちのボンボン」
「はいはい、そこまで!さっさと食べるよ!いただきまーす!」
「「…いただきます…」」
最近定番になってきた俺たちの掛け合いを夏生がさらりと遮って。
3人で手を合わせると、それぞれの飯に手を付ける。
「んで?新しい教授はどんなよ?」
カレーを頬張りながら、凪に問いかけると。
「ん?楽しいよ?すごく自由にさせてくれるし、俺の意思を尊重してくれる。自分の思う通りに弾かせたがった江草教授とは、大違い」
ふわりと柔らかく微笑んだ。
「そっか」
2年の最後の成績
それまでずっと首席だった凪はなぜか3位に下がっていて
3年に上がると同時に江草教授から夏生と同じ石橋教授に担当が変更されていた
でも学年最後のコンサート
どう聞いても凪が一番上手かった
絶対あの時のことを江草教授が根に持ってて
わざと成績を下げたに違いない
なにがΩだから成績優遇されてるだよ
むしろ差別されてんじゃねぇかよ
離れた席でこっちを見ながらニヤニヤと厭味ったらしい笑いを浮かべるピアノ専攻の連中を、思わず睨み付けると。
「あんなの、放っときなよ」
凪が、穏やかな声で俺を嗜める。
「でもさ、あいつら嘘ばっか言い触らしてるじゃん。凪がやっぱ身体売って…」
「奏多」
それでも納得いかなくて、うっかり口を滑らせたら、夏生にキツイ目で睨まれた。
「…ごめん」
「いいよ。何言われてるかくらい、知ってるし。そんなの今に始まったことじゃない。日本でも…ウィーンでだって、似たようなこと言われてたし」
「凪…」
「Ωである以上、仕方ないことなんだよ。でも、奏多と夏生は本当の俺のことを知ってるでしょ?噂が嘘だってわかってくれるし、そのことを怒ってくれる。俺はもう、それで充分だよ?」
小波ひとつない、穏やかな水面のような微笑みには、強がりとか意地とかそういうのは少しも見えなくて。
思わず夏生と顔を見合わせると、夏生もどこか悲しそうに顔を歪めた。
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