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哀歌 2 side奏多
Ωであることは
ただそれだけで嫌悪や憎しみの対象になってしまう
そんなどうしようもない理不尽がこの世に存在することを
俺は凪と知り合ってから初めて知った
俺たちのバンドの動画チャンネルの登録者数が増えると
必然的にコメントも多くなった
殆どは純粋に応援してくれるものだったけど
中には凪がΩであることを誹謗中傷するような書き込みもあった
Ωが人前に出るなんて信じられない
Ωならおとなしくαに囲われてろ
Ωは社会の害悪だ
Ωは滅びろ
死ね
等々…
そんなコメントを見るたびに
凪の形の良い眉がほんの少し下がって
「ごめんね」って小さな声で謝ってきて…
その姿に毎度心が痛んだ
数年前までは
この国はΩ擁護の風潮が溢れていた
それは当時の総理大臣が率先してΩの社会的地位を上げる政策や法案を作っていたからだ
αである総理がΩのための社会を作ろうとしている
そのことに反発ももちろんあったが
斎藤伊織という誰よりも強いカリスマが
世の中を引っ張っていた
だけど現職総理の暗殺というショッキングな出来事を境に
世の中は変わった
溜まりに溜まった鬱憤が
巨大な岩となって穏やかな川の流れを逆流させてしまったかのように
まるで時代を逆行したような
Ωを虐げる時代へと
それを当時の俺はただぼんやりと見ていただけだったけど
それでも胸糞の悪さだけは感じていた
でも今は違う
はっきりとした怒りがこの胸に渦巻いている
だってここにいる凪は俺たちと同じじゃないか
俺たちと同じように泣いたり笑ったりする
そして誰よりも音楽の才能に溢れている人間
それがΩだというだけで
なんで虐げられなきゃならないんだ
αもβもΩも
等しく自由に生きられる世界
そんな世界はどうやって作ったらいいんだろう……
「なんて…政治家でもない俺が考えてもなぁ…」
自分の部屋のベッドに寝転んでひとりごちながら、手に持っていたスマホで斎藤伊織のことを調べていた。
αのみの政治家一族に生まれ
祖父は総理大臣経験者、父も閣僚経験者というαの中でもエリート中のエリートα
それがなんであんなにΩ擁護の政策ばかりを作っていたのか…
もしかして
Ωの番でもいたのかな…?
そう思ったけど、どこを調べても彼に番がいたなんて事実はない。
それどころか浮いた噂ひとつなく、生涯独身を貫いて死んだ。
でもなんでだろう
この人も俺と同じなんじゃないかって感じる
俺と同じように、Ωに恋をして
その人のために世の中を変えたいって、そう思ってたんじゃないだろうかって…
「あんたが生きてたら…凪はもっと楽に生きられたんじゃねぇの…?」
生きていた頃の写真を見ながら、ボヤいた瞬間。
凪から着信がきた。
「凪?どうした?」
すぐに応答すると、向こうからは荒い息遣いが聞こえてきて。
『ごめ…かなた…ヒート、きた…』
苦しそうな声に、ベッドから飛び起きる。
「すぐ行く!抑制剤は、飲んだか!?」
『…まだ…』
「じゃあ、飲まないでもうちょっと頑張れ!大丈夫か!?」
『ん…ごめ…ごめんね…』
「謝んなって!すぐ行くからっ!」
コートを着る時間ももどかしく、カバンと一緒に引っ掴んで部屋を出た。
「奏多?こんな時間にどっか行くの?」
「友だちんとこ!明後日くらいには帰るからっ!」
「ええっ!?」
俺の足音に驚いてリビングから顔を出した母さんに叫んで、俺は深い夜の街に飛び出した。
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