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哀歌 5 side奏多

程なくしてやってきた救急車に凪を乗せると、脈を測っていた救急隊員の男がちょっと困ったように眉を下げた。 「…この患者さん、Ωですか?」 「そうですけど!それが、なにか!?」 救急隊員なのになんでそんな反応をするのかわからなくて、つい怒鳴るように叫ぶと。 「Ωの患者さんは、受け入れが難しい病院が多いんです。搬送先で問題を起こす可能性があるからと…」 事務的に淡々とそう告げられて。 頭から冷水をぶっかけられたみたいに、頭に上ってた血が一気に下がる。 「はぁ!?なんだよ、それ…」 こんなとこでもΩは差別されんのかよっ…! 「どこか、かかりつけの病院はありますか?かかりつけ医なら、受け入れ可能かもしれませんので」 「そんなのっ…」 知るかよって言いかけた瞬間、凪の部屋で見た薬の袋が頭の中に浮かんだ。 「…だいご…」 「え?」 「醍醐総合病院!たぶんそこです!」 記憶を手繰り寄せながら答えると、男は小さく頷く。 「問い合わせてみます。患者さんの名前と生年月日わかりますか?」 「名前は九条凪。生年月日はわかんないけど、今23歳のはずです」 救急隊員が問い合わせると、程なく醍醐総合病院から受け入れ可能との答えが返ってきて。 ようやく、救急車は動き出した。 「凪、もう大丈夫だからな。すぐ、病院着くから」 手を握ると、氷のように冷たくて。 酸素マスクの下の表情も、変わらず酷く苦しそうで。 どうしちゃったんだよ…? さっきまで笑ってたのに なんで急にこんなことに… でも… そういえば前にもあったな… あの時も過呼吸を起こしかけて… 凪…… おまえ、いったい何を抱えてるんだよ…? 20分程で救急車は醍醐総合病院に着いた。 凪を乗せたストレッチャーに続いて降りると、そこにはナース服を着た女性が二人待ち受けていて。 「凪くんっ!」 凪のことを知っているのか、名前を呼んで駆け寄ってきた。 二人の看護師が救急隊員から凪の状況を聞いてるのを、聞くとはなしに聞いていると。 「君、凪と一緒にいた人?」 不意に声をかけられ、そっちを向くと、白衣を着た小柄な男性が立っている。 「あ、はい」 「なにがあった?倒れたきっかけは?」 優しげな面立ちなのに、その目は鋭くて。 有無を言わせぬ迫力があった。 もしかして、この人が凪の主治医、なのか…? 「それが…俺にもよくわからなくて…ネットのニュースを見たら、急に…」 気圧されて、しどろもどろに答えると、更に眼光が厳しくなる。 「ニュース?どんな?」 「5年前に斎藤総理を殺した犯人が、刑務所のなかで自殺したってニュースなんですけど…」 「チッ…マジかよ」 「紫音先生!凪くん、二階の処置室に運びます」 「わかった」 忌々しそうに舌打ちしたその人は、看護師の言葉に頷くと、早足で病棟の入口へと歩き出した。 「あのっ…」 思わず後を追いかけようとすると。 「君はダメだよ。帰りな」 くるりと振り向いて、冷たい声で言い放つ。 「えっ…」 「君、αだろ?ここはΩ専用病棟で、αの立ち入りは禁止だ。君は、入れない」 「そんなっ…!」 「凪のことは、こっちに任せて」 突き放すように、そう言うと。 もう振り向かずに病棟の中へと消えて。 俺は後を追うことも出来ないまま、呆然とその場に立ち尽くした。

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