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哀歌 6 side奏多

次の日も面会に行ったけど、αは立ち入り禁止だというその病棟の前で、凪の様子すら教えてもらえずに、取り付く島もなく追い返された。 俺は知らなかったけど、醍醐総合病院は日本で数カ所しかないΩ診療科を最初に設置した病院で。 Ω診療科のある病棟には、この病院の医師以外のαはどんなことがあっても入れないことは結構有名な話らしい。 仕方ないから夏生と賢吾に連絡して、様子を見に行ってもらった。 βの二人があっさりと病棟の中に入っていくのを、酷く悔しい気分で見送って。 30分程で出てきた二人を入口の前で捕まえて、話を聞くと。 凪の意識はまだ戻ってないようだった。 「でも、身体の異常はないみたいだし。そのうち目を覚ますだろうって、主治医の先生が言ってたよ。ストレスが原因だろうって。3年になって担当の先生が変わったりしたから、そういうのかもね。目が覚めたらすぐ帰れるみたいだよ。なんか、赤ちゃんの頃から凪のこと知ってる先生みたいだから、大丈夫っていうなら大丈夫なんじゃない?」 夏生と賢吾は、そう言ってホッとしたように笑ったけど。 俺はそうか、って納得なんて出来なかった。 身体はどこも異常はないのに意識は戻らないって 明らかに変だろ それにストレスが原因だとしても それは絶対に学校のことじゃない あの時凪ははっきりと言った いおり、って… いおりって、斎藤伊織のことだよな…? 凪と斎藤伊織って なんか関係があるのか…? まさか…… 凪の番の相手って………… 漠然とした不安な気持ちを抱えて、俺は凪が何処かにいるはずの病棟を見上げた。 入れないってわかってたけど、それでも少しでも凪の側にいたくて。 次の日もその次の日も、病棟の前まで行った。 「凪…」 倒れる直前の、苦しそうな横顔を思い出しながら呟くと。 「毎日、熱心だね。君、凪のことそんなに好き?」 突然、後ろから声をかけられて。 驚いて振り向くと、スラリと背の高い白衣を着た男が、俺を見て笑ってる。 年は少しいってるけど、目の覚めるようなイケメンだ。 「え、や、えっと…好きっていうか…」 いきなりそんなことを言われて、思わずしどろもどろになると、その医者はますます笑みを深めた。 「好きでしょ?だって、入れないのに毎日来てる」 「あ、そ、それは、その…心配だから…」 「隠しても無駄だよ。だって君、昔の俺と同じ顔してるからね」 「え…?」 「ちょっとおいで。話をしよう」 医者は笑顔のまま、そう言ってくるりと背中を向ける。 「え、ちょっと…!」 「凪の様子、知りたいんだろ?」 その背中を追うのを一瞬躊躇すると、俺が拒否出来ない言葉を投げられて。 仕方なく、その背中を追いかけた。 「…どこ、いくんですか?」 でも、その足はどんどん凪のいる病棟からは遠ざかっていく。 「凪の様子、教えてくれるんですよね?」 「教えるよ?」 「じゃあ、なんで病棟から離れるんですか」 「教えるとは言ったけど、会わせるとは言ってない」 「はぁ!?」 「だって、あそこはαの子は入れられないもの。病院長自ら規則破ったら、他の職員に示しがつかないじゃん?」 「え…病院長…?」 唐突に告げられた医者の正体に、びっくりして足を止めると。 「そう。俺、醍醐総合病院長、醍醐亮一。よろしくね、カナタくん」 その人は、いたずらがバレたみたいな顔で、笑った。

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