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哀歌 8 side奏多
「よろしくお願いします」
頭を下げると、紫音先生はまるで品定めでもするみたいに、俺の頭の天辺から爪先までをジロリと見つめる。
「君…凪のなに?恋人?」
「いえ、友だちです。友だちっていうか…仲間、っていうか…」
「片思いっていうか?」
「えぇっ!?」
説明してると、院長先生が誂うような声で割り込んできて。
「ち、違いますっ!」
「え?違うの?違うくないでしょ?」
慌てて否定すると、不思議そうに首を傾げられた。
「いや、その…」
「亮一、若い子誂って遊ぶの、やめな。可哀想に…困ってんじゃん」
「だって、反応が可愛いからさぁ。若いっていいよねぇ。俺も昔は可愛かったのになぁ」
「は!?亮一が可愛かった記憶なんて、1ミリもないけど!?」
二人の会話に、段々となんかバカにされてる気分になってきて。
「あのっ!それで、凪の様子はどうなんですか!?」
思わず大きな声で口を挟むと、紫音先生の方はハッとした顔で俺の方に向き直る。
「あー、ごめん。凪のことだよね。心配いらないよ。昨日意識は戻ったから。君の友人に伝えた通り、身体的な異常はないから…」
「だったら、なんで凪は3日も目を覚まさなかったんですか」
「恐らくストレスじゃないかな?新学期はいろいろあるし…」
「…斎藤伊織が、関係あるんですよね?」
説明を遮って訊ねると、目を見開いて口を噤んだ。
それが答えだと思った
「あいつ…倒れる直前、いおりって呟いたんです。本当に苦しそうに…。もしかして…あいつの番って、斎藤伊織なんじゃないですか…?」
たどり着いたその推測を
俺は何度も否定した
だって凪と斎藤伊織は年が30以上も離れているし
そもそも斎藤伊織には番がいたという事実がない
独身だったんだから
番がいる事実を隠す必要なんてないはずだし
でも…
あの記事を読んでる時の
憎しみと哀しみが混在したような瞳の色を見てしまえば
凪と斎藤伊織が無関係だなんて思えなかった
「そう、なんですよね…?」
「…患者のプライベートなことだ。僕が話すことは出来ない」
恐る恐る訊ねると、紫音先生は静かに首を振る。
でも、その言い回しで、それが事実なんだと確信できた。
「…凪に、会わせてください」
「会ってどうするの?」
「わかりません。でも、側にいてやりたいんです。前に過呼吸起こしかけた時、抱きしめてやったら落ち着いてくれたし…。もし今も俺が出来ることがあったら、なんでもしてやりたい。自惚れかもしれないけど、あいつ、俺には他の人よりちょっとだけガードを緩めてくれてる気がするんで…」
もしかしたら
俺に出来ることはなにもないのかもしれない
もしも凪の番が本当に斎藤伊織なら
凪の心の傷は相当深いものだろう
きっとそれは一生癒えることなんてないほどの傷だろうから
だからこれはただの自己満足だ
わかってるけど…
もしも一人で泣いているのなら
その涙を拭うくらいは俺にも出来るから…
「…どうする?亮一」
小さく息を吐いて、紫音先生が院長先生を見上げる。
「俺は、いいと思うけど?」
院長先生が微笑みながら頷くと、もう一度小さく息を吐いて。
院長先生のデスクの上にあったメモ用紙に、何かをさっと書いた。
「凪は、今朝退院したよ」
「え!?」
「身体的な異常がないから、もううちにいる必要はないからね。心のケアは、そっちのほうが適任だから」
そうして、若干強引にずいっと差し出されたそのメモを受け取ると、そこには『たきたΩ診療所』という文字と住所が書かれている。
「今はそこに入院してる。そこは凪の…」
「ありがとうございますっ!本当に、ありがとうございますっ!」
「えっ…ちょっと、君っ…!」
居ても立ってもいられなくて。
先生の話を遮って、俺はその部屋を飛び出した。
「…なんて、せっかちな…」
「若いっていいねぇ…」
「…亮一…おじさんになったね…」
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