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哀歌 9 side奏多

教えられた住所は、都心の真ん中のビル街にぽつんと立つ、小さな診療所だった。 ドアには、本日休診の札がかかっている。 でも、入院患者がいるんだから面会くらいは出来るだろうと、別の入り口を探して裏手に回ってみると。 もう一つドアがあって、その横についてたインターフォンを俺は迷わず押した。 『はい』 「すみません。ここに九条凪さんが入院してるって聞いてきたんですけど」 『…君、お名前は?』 「一之宮奏多といいます。凪くんの友人で…」 『ああ、カナタくんね。今開けるから、ちょっと待ってて』 すぐに応答があって。 自分の名前を名乗ると、あっさりと開けてくれると言う。 もしかして 紫音先生が先に連絡してくれてたのかな…? 不機嫌そうな童顔の先生の顔を思い出しながら待ってると、ドアが開いて。 半分白髪頭のメガネをかけた、優しそうな初老の男性が現れた。 「いらっしゃい。どうぞ?」 「あ…お邪魔します」 俺を招き入れる為に大きく開かれたドアを潜り、案内されるままにその人の後をついていくと、普通の家のリビングのような場所に案内される。 どうやら、ここは診療所に住居がくっついた建物らしい。 「はじめまして。僕は滝田誉といいます。ここの診療所の医師で、凪の…うーん、そうだなぁ…おじいさん、みたいなもんかな?」 ダイニングテーブルに座らされた俺の前に水の入ったコップを置きながら、その人は目尻の皺を深くして穏やかな笑顔を浮かべた。 「おじいさん、ですか?」 「そう。僕は凪の両親の古い友人でね。凪のことは生まれた時から知ってるし、孫も同然なんだ」 「はぁ…」 「だから、凪の友だちに会えて嬉しいよ。あの子、友だちの話なんて一度もしたことがなかったから、心配してたんだよ。もしかして、大学で友だちいないのかなぁって」 「あー…」 俺たちとバンドやり始める前はいなかったです、とは、なんとなく言えず。 言葉を濁すと、先生は笑みを深める。 「今は、良い友人がいて、よかった」 「あの…それで、凪はどうなんですか?」 のんびりした会話に少し苛ついて。 早く凪の様子が知りたくて無作法にも会話を遮ると、先生笑顔を湛えたまま、落ち着きなさいとでも言うようにゆっくりと自分の水を一口飲んだ。 「身体はなんの問題もないよ。ただ、少し療養が必要かな。心の、ね」 「会わせてもらえませんか?」 先生のゆったりとした口調を遮るように、そう懇願すると。 先生は優しげだった目をすっと細め、一瞬だけ鋭い眼差しを俺に投げる。 ピリッと走った緊張感に、思わず息を飲むと。 「…凪に、聞いてくるよ。少し待ってて」 先生はまた柔らかな雰囲気を纏って、リビングを出ていった。

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