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哀歌 10 side奏多

程なくして戻ってきた誉先生は、俺を2階へと案内した。 「あの…凪は入院してるんですよね?」 明らかにプライベートな空間の階段に疑問を持ちながら訊ねると。 「入院っていうか、ここは凪の第二の実家みたいな所だからね。自宅療養って言ったほうが正しいかも」 「第二の実家、ですか?」 「そう。伊織くんが死んでから3年間、凪はここで暮らしてたから」 突然、核心を突いた言葉が誉先生から飛び出して。 思わず、足が止まった。 「それって…」 つい、口走っちゃって。 でもその先を聞いて良いのかわからなくて。 ただ誉先生の顔を見つめると、先生はふわりと微笑んで、でも何も言わずにまた階段を登っていく。 ハッと我に返り、慌ててその後を追うと。 階段を登りきった先に2つあったドアの片方の前に立った。 そこが、凪の部屋らしい。 「…がんばってね」 誉先生は、なぜかそんな励ましの言葉を残して、また階段を降りていく。 凪に会って 何を話したらいいのかなんて全然整理できてない 斎藤伊織のことを聞いて良いのかも正直わからない けど 今はとにかく凪に会いたい そして少しでも笑ってくれたらそれでいい 自分の気持ちをもう一回確認して。 大きく息を吸い込むと、そっとドアをノックした。 「どうぞ」 少し手が震えちゃって、小さな小さな音だったのに。 凪の声が中から聞こえてくる。 俺は口の周りの筋肉を動かして、笑顔を作ると。 ゆっくり、ドアを内側に開いた。 「…奏多…」 夕暮れの綺麗な茜色に塗られた部屋の中。 ベッドの上で起き上がっていた凪が、俺を見る。 茜色の光に照らされた 儚くて美しい微笑みを湛えて 「わざわざ来てくれて、ありがと」 「うん。どうよ?」 「大丈夫だよ。ごめんね、いろいろ迷惑かけて」 ベッド脇の床に座って、見上げると。 元々ほっそりとしていた頬が、やつれたと誰もがわかるほどに肉が削げ落ちてて、胸がちくりと痛んだ。 「迷惑だなんて、思ってないし。つか、救急車に乗るなんて、滅多にない貴重な経験させてもらったわ」 わざと戯けた言葉を口にしたけど、凪はなにも答えずに微笑みを浮かべたまま俺を見てる。 そのまま、気まずい沈黙が落ちて。 なにをどう話そうか、必死に考えてると。 「…いいよ。聞きたいこと、聞いても」 穏やかな声で、凪が言った。 「え…?」 「知りたいんでしょ?いいよ。奏多になら、なんでも答えてあげる」 静かな眼差しが、俺を刺す。 感情の全く見えない ブラックダイヤの瞳 「なんでも、って…」 それでも、なかなか一言目を切り出せないでいると。 「…奏多の思ってる通りだよ。俺の番は…斎藤伊織だよ」 凪は、とても静かな声で、そう言った。

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