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哀歌 12 side奏多

「…そんなこと…ないよ…」 そんな、ありきたりな言葉しか、言えなかった。 辛いとき 苦しいときに 大好きな人が側にいてくれたら嬉しいに決まってる それを責めることなんて誰にも出来ない 「…優しいね、奏多は…」 凪はそう呟いて、自嘲するような笑みを浮かべた。 「俺は、本気で伊織のこと好きだったし、伊織に抱かれて本当に嬉しかった…けど。今思えば、あの時の俺は伊織に依存してただけだったのかもしれない。俺の罪から目を逸らすために、伊織に寄りかかって…許された気になりたかっただけなのかも」 「罪って…なんの?」 「生まれてきてしまった、罪」 「っ…そんなの、あるわけないだろっ!」 触れちゃいけないって、そう思ってたのに。 淡々と紡がれたその言葉には、我慢ならなくて。 手を伸ばし、掛け布団の上に投げ出されていた凪の手を強く握る。 「そんな罪、あるわけないっ!おまえになんの罪があるっていうんだよ!?」 「俺のせいで…ママは死んだ」 「違うっ!病気だったんだろ!?それがなんで凪のせいなんだよ!」 「俺を産んだから、ママは心臓を悪くしたんだ」 「そんなのっ…凪は、悪くないだろっ…!」 詳しい事情を知らない俺が何を言ったところで、凪には届かないのかもしれない。 でも、言わずにはいられなかった。 生まれてきてはいけなかったなんて そんな哀しいこと 思って欲しくなかった だって俺は凪が生まれてきて 俺に巡り合ってくれたこと 本当に幸せだって思ってるから 「…伊織も、そう言ってくれたよ…凪は悪くないって。でも…本当にそうだったのかな…?」 「え…?」 「本当は…伊織も俺を恨んでたんじゃないのかな…?ママを殺した俺のこと、本当は許せなかったんじゃないのかな…?だから、何度お願いしても番にはしてくれなかったんじゃないのかな…?」 ぎゅっと強く俺の手を握り返した凪の手は、酷く震えていて。 その瞳から、また大粒の涙が溢れる。 「…凪…」 「ヒートが来るたび、伊織は俺を抱いてくれたけど…決してうなじを噛もうとはしなかった。俺はバカだから、それは伊織がママのことを忘れられないからだって、そう思い込んで…振り向いてもらおうと必死になって…2年経って、ようやく番になろうってそう言ってくれたけど…たぶん、俺があんまり滑稽で哀れだったから、可哀想だと思ったんだろうなぁ…」 「そんなこと、絶対ないっ!」 涙を流しながらも笑った凪を、俺は大声で遮った。 Ωにとって番になるってことは 自分の全てをそのαに捧げるってことだ だからαには番のΩに対する重い責任がある 俺は斎藤伊織のことはよく知らないけど 万が一、斎藤伊織が凪の母親を忘れていなかったのだとしても そんなに愛した人の子どもを 生半可な気持ちで番になんてするわけがない ましてや自分の子どもだといってもいいくらいの年齢差なんだ 覚悟がなきゃ番になんて出来ない きっと凪のこと 全力で幸せにしようって思ってたって 俺はそう思う 「俺も同じαだから、わかる。そんな同情とかで番になんて出来ないよ。絶対に。斎藤伊織…さんは、凪のこと愛してた。俺はそう思う。思い出してみてよ。伊織さんが凪を見てた眼差しを。そこに、凪自身への愛は感じられなかった?」 震える手を、そっと両手で包み込むと。 凪はじっと俺を目を見つめた後、小さく首を横に振って。 また新たな涙を、溢れさせた。

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