79 / 90
哀歌 12 side奏多
「…そんなこと…ないよ…」
そんな、ありきたりな言葉しか、言えなかった。
辛いとき
苦しいときに
大好きな人が側にいてくれたら嬉しいに決まってる
それを責めることなんて誰にも出来ない
「…優しいね、奏多は…」
凪はそう呟いて、自嘲するような笑みを浮かべた。
「俺は、本気で伊織のこと好きだったし、伊織に抱かれて本当に嬉しかった…けど。今思えば、あの時の俺は伊織に依存してただけだったのかもしれない。俺の罪から目を逸らすために、伊織に寄りかかって…許された気になりたかっただけなのかも」
「罪って…なんの?」
「生まれてきてしまった、罪」
「っ…そんなの、あるわけないだろっ!」
触れちゃいけないって、そう思ってたのに。
淡々と紡がれたその言葉には、我慢ならなくて。
手を伸ばし、掛け布団の上に投げ出されていた凪の手を強く握る。
「そんな罪、あるわけないっ!おまえになんの罪があるっていうんだよ!?」
「俺のせいで…ママは死んだ」
「違うっ!病気だったんだろ!?それがなんで凪のせいなんだよ!」
「俺を産んだから、ママは心臓を悪くしたんだ」
「そんなのっ…凪は、悪くないだろっ…!」
詳しい事情を知らない俺が何を言ったところで、凪には届かないのかもしれない。
でも、言わずにはいられなかった。
生まれてきてはいけなかったなんて
そんな哀しいこと
思って欲しくなかった
だって俺は凪が生まれてきて
俺に巡り合ってくれたこと
本当に幸せだって思ってるから
「…伊織も、そう言ってくれたよ…凪は悪くないって。でも…本当にそうだったのかな…?」
「え…?」
「本当は…伊織も俺を恨んでたんじゃないのかな…?ママを殺した俺のこと、本当は許せなかったんじゃないのかな…?だから、何度お願いしても番にはしてくれなかったんじゃないのかな…?」
ぎゅっと強く俺の手を握り返した凪の手は、酷く震えていて。
その瞳から、また大粒の涙が溢れる。
「…凪…」
「ヒートが来るたび、伊織は俺を抱いてくれたけど…決してうなじを噛もうとはしなかった。俺はバカだから、それは伊織がママのことを忘れられないからだって、そう思い込んで…振り向いてもらおうと必死になって…2年経って、ようやく番になろうってそう言ってくれたけど…たぶん、俺があんまり滑稽で哀れだったから、可哀想だと思ったんだろうなぁ…」
「そんなこと、絶対ないっ!」
涙を流しながらも笑った凪を、俺は大声で遮った。
Ωにとって番になるってことは
自分の全てをそのαに捧げるってことだ
だからαには番のΩに対する重い責任がある
俺は斎藤伊織のことはよく知らないけど
万が一、斎藤伊織が凪の母親を忘れていなかったのだとしても
そんなに愛した人の子どもを
生半可な気持ちで番になんてするわけがない
ましてや自分の子どもだといってもいいくらいの年齢差なんだ
覚悟がなきゃ番になんて出来ない
きっと凪のこと
全力で幸せにしようって思ってたって
俺はそう思う
「俺も同じαだから、わかる。そんな同情とかで番になんて出来ないよ。絶対に。斎藤伊織…さんは、凪のこと愛してた。俺はそう思う。思い出してみてよ。伊織さんが凪を見てた眼差しを。そこに、凪自身への愛は感じられなかった?」
震える手を、そっと両手で包み込むと。
凪はじっと俺を目を見つめた後、小さく首を横に振って。
また新たな涙を、溢れさせた。
ともだちにシェアしよう!

