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哀歌 13 side奏多

しばらくの間、凪は目を閉じて声も立てずに涙を流し続けて。 俺は凪の手を握りしめたまま、なにも言えずにその姿を見つめていた。 涙が止まり、凪は細く長い息を吐きだして。 また、俺の目を見つめた。 濡れて煌めく 美しいブラックダイヤの瞳で 「やっと番になって…誕生日が来たら、結婚しようって言ってくれて…死んでもいいくらい、幸せだった。でも…伊織は殺された。あの夜も…俺のところに、帰ってきてくれるって…思ってたのに…」 語尾が、震えて。 大きく息を吸い込んた瞬間、喉がひゅっと音を立てる。 また過呼吸を起こすんじゃないかと、思わず腰を浮かせたけど。 凪は何度か深呼吸をすると、叫びだすのを無理やり抑え込むような苦しげな顔で、ぎゅっと唇を噛み締めた。 もう話さなくていいって そう言いたかった 苦しいことを無理に思い出してほしくなんてなかった でも 言葉を途切れさせながらも 涙を流しながらも 話すことをやめない凪の姿に 俺に話すことで 今まで心に一人で抱え込んできた苦しみを吐き出しているようにも感じて 俺は爪に食い込むほどにきつく握りしめた凪の手をそっと擦りながら、その後の言葉を待った。 血が滲むほど唇を噛み締めたまま、しばらく虚空を睨むように見つめていた凪は、やがてまた細く長い息を吐き出して、視線を手元に落とす。 「…2日間、意識がなくて…でも、最後の最期に、奇跡的に意識が戻った。枕元で泣きじゃくる俺の頬を、冷たい手でそっと撫でてくれて…生きろって…生きてくれって…僕のことは忘れて…愛する人を見つけて、幸せになれって…」 ぽとぽと、と。 音がするほど大粒の涙が、凪の手を握る俺の手の上に落ちて。 真っ白なシーツに溶けて消える。 俯いた凪の唇から、堪えきれない嗚咽が漏れた。 「っ…番のっ…最期の言葉をっ…違えたくなんて、ないっ…でもっ…無理だよっ…伊織がいなくて、どうやって生きていったらいいのっ…俺には、伊織が全てだったのにっ…!」 「凪っ…」 思わず。 その震える身体を抱き締めた。 凪は、俺の腕の中で、何度も愛しい人の名前を呼びながら、泣き叫んで。 俺はずっと、ただずっと。 その震える背中を抱き締めてやることしか、出来なかった。

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