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哀歌 14 side奏多
泣き疲れて、気を失うように眠ってしまった凪をベッドに寝せて。
俺はそっと部屋を出た。
階段を降りながら、深い溜め息が出る。
凪がなにかを抱えてることはわかってた
でも俺は凪の本当の苦しみを全然わかってなかった
笑ってくれたらそれでいいなんて…
そんなのただの俺の自己満足でしかなかった
俺には何もできない
凪を救うことなんて…
無力感に打ちひしがれながら、一階へと降り。
誉先生に挨拶だけして帰ろうとリビングを覗くと、そこに姿はなく。
奥のキッチンらしきところで人の動く気配がした。
覗くと、先生が鶏肉と格闘してる。
「あの…お邪魔しました」
声を掛けると、びっくりした顔で振り向いた。
「え?帰るの?凪は?」
「話疲れたみたいで、眠っちゃったので…俺はこれで帰ります」
「え、待って待って」
頭を下げたのに、先生は慌てた様子で俺を引き留める。
「奏多くん、料理できる?」
早くこの場から去りたいのに。
「え…まぁ、少しなら…」
「良かった!手伝ってよ!凪のために唐揚げ作ってるんだけどさ、僕不器用で…いつも火傷しちゃうんだよ」
無理やり、キッチンの中に連れ込まれて。
有無を言わせず、エプロンを渡された。
「不器用って…医者、ですよね?」
「僕は内科医なの!内科は不器用でも大丈夫!」
「はぁ…」
「じゃあ、肉切って。この液に漬けて」
一見優しげな、でもやたらと強い圧に負けて、言われたとおりに肉を切る。
「凪はね、この隠し味に柚子胡椒を入れた唐揚げが大好きなんだ。覚えておくといいよ」
「は、あ…」
でも…
もう飯を作ってやることもないかもしれないしなぁ…
心の中だけでぼやくと、先生は急に笑顔を消し、真剣な眼差しで俺を見た。
「…もしかして、凪に振られた?」
「えっ!?」
思わず狼狽えると、先生はまた目尻の皺を深くして、優しげな微笑みを浮かべる。
「ふ、振られたって…別に、そういうんじゃ…」
つーか…
初対面の亮一先生や誉先生にもバレバレってさ…
俺、そんなに顔に出てんのかな…
「あれ?違った?」
「違うっていうか、まだ告白すらしてなかったんで、振られたとはちょっと違うっていうか」
もう、どうせバレバレなら素直に話をしようと。
「俺は斎藤伊織にはどうやっても敵わないなって、それがわかっただけです」
半ば開き直った気持ちで答えた。
俺の言葉を聞いて、先生はなぜかうーんと低く唸る。
「まぁ…それはそうだよねぇ。死者には、どうやっても勝てっこない。思い出は美化される一方だからねぇ」
「…はい」
「でも、伊織くんじゃなくて、君にしかできないこともあるでしょ?」
「え…?」
俺にしか、出来ないこと…?
それは………
「凪の、未来を一緒に作っていくこと」
そう言った先生の眼差しは。
強い意志の光が宿っていた。
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