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哀歌 19 side凪

「俺たちは、先に車に戻ってるから」 持ってきた百合の花を生け、お線香を上げて3人で手を合わせた後。 那智さんはそう言って、俺の頭をまたポンと叩いてその場を後にした。 「急がなくていいからね。気の済むまで、ゆっくり話してきていいから」 誉先生は優しい笑顔で頷いて、那智さんの後を追いかける。 「ありがと」 二人の優しさに、心がじんわりと温かくなって、また涙が込み上げそうになった。 「…やだなぁ…なんか俺、最近泣いてばっかな気がする。ママの泣き虫が移ったのかな?」 涙が零れないように、わざと戯けた言葉を口にすると、春の柔らかい風がふわりと包み込むように吹く。 「…本当に…久しぶりだね…」 しゃがみ込み、また墓誌に刻まれた名前を指でなぞると、今度はあまり冷たさを感じなくて。 代わりに、ほんのりと彼の熱を指先に感じた気がした。 「そっちは、どう?ゆっくり休めてる?こっちにいる時は、伊織ずっと忙しそうだったから…って、ゆっくりしてるか。あれからもう、5年だもんね…」 自分で自分の言葉にツッコミを入れると、またさわさわと風が頬を撫でていく。 「…そっちで…ママとは、会えたかな…?」 会えてると、いいな そう思えたことに、自分でちょっと驚いて。 思わず、頬が緩んだ。 「…なにから、話そうか…」 伊織と話がしたい、なんてカッコつけたこと言ってみたけど、話したいこと、話すべきことの整理なんてまるでついてなくて。 とっ散らかってる思考を持て余しながら、ただひたすらに伊織の名前を指で撫でてると。 凪の思ってること そのまま話せばいいから 不意に、耳の奥で伊織の声が響く。 それは俺がまだ小さい頃に聞いた、声。 同じ双子なのに、櫂と俺は成長のスピードがまるで違っていて。 保育園の頃から、自分の感情や思考を饒舌に言葉に出来た櫂とは裏腹に、俺は考えるのも、それを言葉にするのもすごく時間がかかってしまって。 そんな自分にイライラして、よく癇癪を起こしていた。 そんな時、伊織が俺を抱き上げて言ってくれた言葉。 ゆっくりでいいよ 凪の言いたいこと 思ってること ゆっくり話してごらん 僕が全部それを聞くから 優しい眼差しでそう言って。 俺の拙い言葉を、焦らせずに最後まで根気強く聞いてくれたっけ。 「…伊織…」 思い出の中の伊織にそっと背中を押された気がして。 俺は、ゆっくりと息を吸った。 「俺、ね…ずっとずっと…苦しかったよ…伊織の…最期の言葉が…ずっと、苦しかったんだ…」 風が、吹いた。

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